蘭は待ち合わせ場所に戻り始めた。
初恋の人に”ごめんなさい””ありがとう”そして”好き”と言えた事で心が軽く足取りも軽やかだった。
何より彼は”ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう”と礼まで言ってくれた。
(こっちこそ、ありがとう。新一。・・さようなら、私の初恋の男性(ひと)。)
待ち合わせ場所に戻ったのを見計らったかのように、彼氏からの電話があった。
「悪い、悪い。今ちょっと立て込んでてさ~今から出るから後30分待ってて!」
背後で、かすかに有名な某アニメの曲とじゃらじゃらと音がする。
(きっとまたパチンコ店だね。前怒ったから、聞こえないと思って休憩スペースから掛けてきてるんだ。)
メッキのようにすぐ剥がれる嘘を聞いた途端、ふっと蘭の恋心が醒めた。
(私、この人の何処が好きだったんだろう。)
”ダメンズにしてるの蘭じゃない?”
”顔はイイけど、中身がいまいちな男性ばっか選ぶよね~。”
”甘やかすのと優しいのは一見似てるけど、違うからね。”
友人らの忠告・感想が脳裏をよぎる。
何処か新一に似た顔立ちの彼だが、中身は雲泥の差だ。
(”ずっと同じ男性に恋してる”か)蘭は溜息をついた。
「ううん。もう待たない。言ったわよね?今度遅刻したら別れるって。」
「またまた~何怒ってるんだよ。悪かったって。機嫌直せよ、な?」
遅刻したら別れるは、蘭の常套文句な為、彼は全然本気にしていない。だが今日こそは蘭は本気だった。
(これが先輩の言ってた”醒めた”か。)
彼女は大学時代の先輩の事を思い出していた。
大学2年の時、空手部の1年上の先輩から告白されて付き合い始めた男性で、新一の次に真面目に好きになった人だった。
空手に対する真摯な態度は京極を、歳上故の頼り甲斐は、忘れえぬ初恋の人を彷彿させる、真面目な恋人。
蘭と同じく空手のスポーツ特待生であった。
破局した原因は、彼が一足先に社会人になった事によるすれ違いと蘭の空手暴走の癖だった。
付き合い始めに、じゃれつくつもりで空手を仕掛けた彼女は、先輩にそれはいけない事だと懇々と説教をされた。
その時は彼女の両親が夫婦喧嘩で常に柔道を使用していた事、凶悪事件に巻き込まれる事が多かった事、今まで誰からも注意された事がなかった事を知り、許してくれた。
しかし交際して1年強経った頃、彼が会社に勤め始めると、今までのようにずっと一緒には、いられなくなった。
淋しがりやな蘭はそれに不満を持ち、彼は彼で新社会人として、気を張る毎日を送っており、そんな彼女に合わせるほど余裕はなく、徐々に喧嘩が多くなっていった。
そしてある日、蘭の空手の悪癖が再び出てしまったのだ。
”怒ってはいない。でも、蘭の事もうそういう風に思えない。気持ちが醒めた。”
そう言って彼女は振られてしまった。
あの時は懸命に謝った。その事に関しては怒っていないという先輩は、しかし”別れよう”という主張を翻す事はなかった。
当時蘭は謝って許してくれたのだから、付き合いも今まで通りだと思っていたから納得できずに何度も食い下がった。
”怒ってないって言ったじゃないっ。だったら今まで通りでしょうっ?”
”蘭、それは違う。元通りにはならない。”
謝罪を受け入れる事と交際を続ける事は別問題だが、当時の彼女はそれが理解出来なかった。
きっかけとなった出来事が同じな事もあり、蘭はどうしても頷けなかった。
何度も先輩の自宅へ行ったが、迷惑そうに断られ、これで最後と賭けた誕生日にサプライズしようと思って行ったアパートがもぬけの空という最悪な形で蘭の2度目の恋は終わりを告げたのだった。
後で空手部の後輩の噂で、新入社員の研修期間が終わって九州へ配属されたと聞いた。
それ以来、蘭の空手暴走は鳴りを潜めている。
(あの時の”醒めた”って意味分からなかった。酷いって思った。でも、これがそういう事なんだ。)
遅刻に対する怒りはさほどない、でも、彼氏に対してもう気持ちが動かない。
「さようなら。」静かに別れを告げた。
慌てる彼氏の声がするが、構わず電話を遮断した。
まるで11年前のあのクリスマスイブのよう。
あの時は淋しくて拗ねていただけで本気じゃなかった。新一に来て欲しいが故の言葉だった。でも今回は本気だ。
(何だか憑き物が落ちたみたい。)
携帯が再び鳴るが電源を落とす。
「新しい携帯にしようっと!」
何せ11年前から替えていないので、かなり型が古く不具合も度々あるのだ。
携帯ショップ店員には珍しがられた事もあるくらいだ。
彼に贈られた携帯。いくらデザインがお気に入りでもそろそろ替え時だろう。
(ううん、違うね。この携帯だけでも新一に愛された過去に繋がっていたかった。)
「新しい携帯に変えたら皆に通知・・ああ、園子に久しぶりに電話しよう。」
園子とは大学に進学した時から疎遠になっていた。
蘭がスポーツ特待生で進学した為、多忙な日々を送っていた事が主な要因だった。
だがそれだけではなく、新一と上手くいかなかったイブのデートの遠因を園子が作った事
最悪な幕切れとなった挙式を眼の当たりにした蘭自身が親友と気まずくなり、顔を合わせずらくなったというのが大きい。
でも今は、逆にあの頃のように無性に園子と話したい気分だ。
(携帯を替えて連絡しなければ・・これで多分彼は追って来ない。)
彼は彼女の自宅も母の弁護士事務所も知らない。いつだって彼のアパートに蘭が行っていた。
蘭の勤めるブランドショップ名は知っているが、店舗は知らない。
この東都内にいくつもあり、しかもシフト制の勤務体制。
本気で探すなら出来なくはないが、蘭には彼が其処までするとは思えなかった。
覚めた目で今までの付き合いを考えると、家政婦兼金蔓としか見られていなかった気がしてならなかった。
(万が一追い掛けて来たら・・そうなったら、その時考えよう。)
(優花さんにも報告とお礼に行こう。ああ・・それから、それから・・・!!)
泉のようにやりたい事や感情が湧き出して来る。
(そうだ。私は本来こういう感情豊かな性格だった。・・・なのにどうして・・愛されたくて、我慢していたのかな。)
「新一よりイイ男見つけてやるんだから。」
そう呟きながらも蘭は新一程の男はそういないと分かっていた。
父譲りの明晰な頭脳、伝説的女優である母譲りの端麗な容姿、若くして築いた組織殲滅という功績と名誉、小説家という地位と収入、プロレベルなサッカーの腕前。
三拍子どころか、四、五拍子揃ったパーフェクト・ガイ。それが世間一般の評価でいう、工藤新一という男だ。
並みの男では、どれか一点だけでも競うのは難しいだろう。
だからこれは蘭の最後の強がりだった。
「罪な男(ヤツ)。」
(新一のせいで、男見る目すごいシビアになっちゃったよ。でも・・・)
「でも新一より私に合う人はきっと居るわ。」新一より良い男は難しいかもしれない。でも蘭に合うという点なら必ず居るはず。
「そしたらもう、待たないんだ。一緒に歩いて行くわ。」
そして蘭は新しい一歩を踏み出した。
少女は大人になった。
もう待っていなくていい。それが嬉しい。
私は自分で歩いていける。幸せを、人生を一緒に歩ける人を探そう。
そう思えた時、母に置いていかれ泣いていた幼い少女が初めて笑ったのを感じた。
***************************************************
後書 遂に完結でございます。
長らくのご愛読、誠に、ありがとうございました。(●^o^●)
この先の蘭ちゃんの未来は皆様のご想像にお任せします。
私の中では自営業(レストランとかペンション)で優しい男性と一緒にくるくる働く彼女が眼に浮かびます。
私は仕事とプライベートは分けたい派ですが、彼女は真逆なのでこういう男性の方が合うと思います。
ただ初恋にケリをつけ、待たずに一緒に歩いていけるようになった彼女には相応の幸せが待っている☆
とは言え、それはあくまで私の想像。皆様各々の想像でお楽しみ下さいませWW
「知っていた。だから頑張れた。ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。」
それが新一の偽らざる本音だった。
(何も情報がない上、ただ待つのってきついよな。)
彼は1年前の家族で行った中国旅行を思い出していた。
その時、局部的地震に遭い、携帯は通じないし、情報は入ってこないしで、丁度ホテルにいた妻子の安否が気掛かりで焦燥ばかりが募った。
無論、彼なりに動いたが土地勘がない上に余震であまり動けず、歯痒かった事を今でもありありと思い出せる。
こんな思いを蘭もしていたのかもしれない、と日本へ帰国してからの、何故かここ数カ月ふと思い出す事があった為、すんなり口から出てきたのだ。
確かに最後の方は蘭の独占欲、一方的な誘いに嫌気が差してしまったけれど、途中までは確かに彼女の元に戻る事が目標だった。
待っていてくれる彼女の存在が、元に戻る強い動力にもなった。その点は今でも感謝している。
ただ組織が思ったより強大だった事で長引き、その間に目標が義務に、動力が逆に足枷になってしまったのだ。
最後はあんな形だったけれど、あの10カ月弱の間、蘭が新一を想い健気に待っていてくれた事は事実だ。
復学した時は、蘭の彼氏の存在、些かうんざりしていた事、何より志保に誤解されたくなかった為、今思えばかなり距離を置いていたし、冷たくしたかもしれない。
周辺と自身の安全の為に、組織や幼児化の事を話さなかった。
お互いの恋愛の為に、距離を置いた。
二つとも後悔はしないし、間違っているとも思わない。
あの時も今もそれはそれで正解だったと思っている。だが・・。
(もうちょっと上手くやれていたらな。)
大人になった今思うのは、もう少し上手く立ち回れなかっただろうかという、彼女への配慮を念頭においた、ほんの少しの悔い。
(礼が言えて良かった。)
そう思えるようになったのはきっと今自分が幸せだからだ、と新一は一人でかすかに頷く。
向うからのその幸せの源である妻の志保が歩いて来るのが、遠目で分かる。
こっちだ、と分かるように手を振り、駆け寄った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「志保、荷物持つから。子供達はあそこで城つくって遊んでる。あ、さっき偶然、蘭に会って久々に話し込んでた。」
「あら、ありがとう。そうなの。」
眼の前で交わされる若い夫婦の会話を蘭はぼんやりと見ていたが、ある1点で目が離せなくなった。
(宮野さん、少し太った・・?いえお腹だけ膨らんでる・・??)
「毛利さん、御久し振り。ああ、今ね8カ月なの。」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます!お久しぶりです。」
蘭の疑問を汲み取ったのか、さらりと妊娠中である事を告げる志保に慌ててお辞儀しながら、返事した。
(何て綺麗になったんだろう。)
昔から彼女は美人だったが、あの時はまだどこか硬い印象がしていた。
そう、例えるなら、硬い宝石のダイヤモンド。
(今は何て言うのかな?柔らかくて白くて輝いてる・・真珠みたい。)
(新一に、愛されているんだね。)
それがとても羨ましかった。
嘗て蘭が手に入れたと思っていた、思い込んでいた、新一と愛し愛される関係。
配偶者という立場。彼の子供を産み、今また身籠ってるその柔らかな雰囲気。かつて蘭が憧れた、否今でも欲しいと思うもの。
少し胸がしくしく痛むが、棘が抜けた後のようなもの、と自身に言い聞かせる。
「会えて良かったよ、新一。じゃあ、私そろそろ行くね。お大事に。」
「おう!」「ありがとう。」
二人に向かって頭を下げて、最後に子供二人に手を振り、バイバイと言って蘭は当初の待ち合わせ場所に戻り始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「・・・綺麗になっていたわね。」
「あ?」
「蘭さん。」
「あ、ああ確かにな。」
蘭は大きな瞳はそのままで、英理似の美女になっていたのだ。
「惜しくなったんじゃない?」
少し悪戯気に覗き込む妻の顔を見て、新一は表情豊かになったよな、と思う。
(この台詞も甘えてくれてるって分かるようになったし。)
愛されている事を知っているから、時々少しだけ試すような真似をする去年から出るようになったしぐさ。
それは、愛されている事が実感できるから、悪い事して怒られても、反省してるようでも幸せそうな表情をする子供達を見ているような気分になる。
「バーロー!俺にはお前がいるだろうが。」
「そう。ふふ。」
「で、ベビーリングは良いの買えたのか?」
「ええ。」
「そっか。良かった。でさ、名前なんだけど。」
「ああ、決まったの?」
最初の蒼は志保が、次の美保は新一が名付けた時に、工藤夫妻の間では”男の子なら母親が、女の子なら父親が名付ける”という暗黙のルールが出来上がっていた。
お腹の子が女の子な為、第3子の名付け権は、新一にある。
ちなみに祖父母も、特に有希子が「私も孫の名前付けたい~!!新ちゃんばっかりずるい!!」と駄々を捏ね、一騒動起こしたりした。
(あの時は大変だったぜ。志保もお母様に付けてもらってもいいんじゃない?とか母さんの味方するし。)
思わず遠い目になる新一。壮絶な親子バトルの末、命名権を死守したが些か疲れた、というのが本音である。
「愛」
「え?」
「だからこの子の名前は”愛”な。」LOVEの方な、と笑いつつ言う新一。
「そう。」
お腹を撫でながら、志保はじんわりと温かい気分になっていた。
「志保、プロポーズの時の言葉、覚えてるか?」
「ええ、勿論よ。」忘れるわけなどない、あの大事な言葉。
「そろそろさ、いいんじゃないかなって言うか。達成できたんじゃねえかなって。」
「え?」
「”哀を愛に変わらせてみせる”」
「・・もしかしてそれが名前の由来、なの?」
「ああ。」
「馬鹿ね。」
「え?ダメか?結構自信あったんだけどな。」
いつぞやの遣り取りと全く同じ事をしている事に夫は気付いているだろうか?
(馬鹿ね。そんなの貴方が夫に、家族になった時から私はずっと幸せなのよ。)
ずっとその目標を達成しようと頑張ってくれていたのだろうか?だとしたら何て幸せな事だろう。
少ししょんぼりしている彼に、嬉しさのまま、真実を告げよう。
「馬鹿ね。貴方と一緒になってから私はずっと幸せ。」
「・・・志保!」
ぱあっと顔が輝き、お腹が心配だからか、そっと抱き締める夫の優しい愛情が嬉しい。
「「あーっ!!おとうさんとおかあさん、また二人でラブラブしてる!」」
「ずるい!みほもだっこ!」
気付いたら、砂場で遊んでいた子供達が自分達の側にいたりした。
「しゃーねーな。ほら、美保!」
「わーい!!」
娘に甘い夫は早速抱き上げている。
きゃっきゃと歓声をあげる妹を羨ましそうに、じっと見ている息子の姿が目に入った。
才気活発な娘に比べ、頭は良いが内気な息子は、自分も抱っこして欲しいとは言い出せないのだろう。
こちらに少し縋るような目を向けてくるが、さすがにこのお腹で抱っこしたら危険である。
「蒼。」そう言って手を繋いで、にこりと微笑むと、息子は嬉しそうに笑った。
(ねえ、新一。私、こんなに幸せなのよ。)
みんな、みんな新一、貴方がいるからこそー。
(愛、安心して産まれておいで。)
まだ見ぬ愛しい我が子。
貴女には、私が受けられなかった両親の愛を溢れるほど、注ぐでしょう。
***************************************************
後書 初の新一視点→蘭視点→志保視点 でございます。
真珠のように柔らかく輝く志保さんと二人の娘の”愛”の名前の由来(一人だけ当てられた方がいました!鋭い!!感嘆)
新志のらぶらぶと子供達を書けて満足です(●^o^●)
皆様にもお楽しみ頂けたら、幸いです。
次話の蘭視点で本当のファイナルでございます!
駅前近くの公園で遊ぶ蒼君と美保ちゃんを見守りながら、新一と蘭は10年振りに会話をしていた。
1年前に帰国し以前の工藤邸に住んでいるとの事であった。
奥さんとはここで待ち合わせしているらしい。
彼はより大人に、格好良くなっていた。
「元気そうだな、蘭。」
「新一もね。・・相変わらず事件に推理なの?」
「いや、最近はそれほどでもない。執筆の方が忙しいかな。」
「そうなんだ。世界遺産ミステリ読んでるよ。」
皮肉な事に新一と会えなくなってから、蘭は推理小説に興味を持ち、かつて彼が薦めてくれた本や彼自身の著作を読むようになっていた。
きちんと読めば、実は中々面白かった。
どうしてあの頃あんなに推理オタクとか言って馬鹿にしていたのだろう。
(きっと私は新一の一番になりたかったんだ。事件があると置いてけぼりにされてしまっていた。それが嫌だったんだ。)
高校生の頃素直に読んでいれば、二人で感想言い合って築けた関係があったかもしれないのに。
(勿体無い事、しちゃったな。)
「お、サンキュ!」
(笑う顔は変わらないね。)
いつでも蘭を安心させてくれていた彼の笑顔はそのままである。
「組織殲滅作戦の本も読んだよ。」
「そうか。」
「・・ごめんね。」
(やっと言えた。)
「?何がだ?」心底不思議そうに首を傾げる彼に安心と拍子抜けさを感じながら続ける。
「そんな大変な日にデート誘っちゃって。し、・・断られた時、ショックでキツイ事も言っちゃったし。」
思わず知らされなかったから、と前置きしそうになって懸命にその言葉を呑み込む蘭。
(知らないのは事実だけど、新一はちゃんと手が離せないって言ってくれたもの。)
それに後から思えば、待ち続けた日々にいくつも手掛かりがあった。
(事件だからって今まであんな風に雲隠れした事はなかった。俺が係わった事を言わないでくれと頼んだ事もなかった。)
その意味するところは、身の危険があるという事。
ちょっと考えれば分かったのに、考えようとも察する事もしなかったのは、出来なかったのは蘭自身の怠慢だ。
(新一があんまり普通に電話してくるから、そんな事想像もしなかった。)
きっとそれは蘭に心配させまいといつも通りに会話していた彼の心遣いだったのだろう。
(大人になったら子供の時には見えないものが見えてくるってこういう事かな。)
「そんなの気にするな!俺が知らせてないから、蘭は知らなくて当然だよ。」
笑いながら言う新一の姿が、ぼやける。
皆から否定された蘭の主張が他ならぬ本人により肯定された嬉しさで、涙が眼に溜まり始めた。
(泣いたらダメ!まだ言う事残ってるんだから!)
彼女はゆっくりと眼を瞬いた。
「そっか。良かった!それが心残りだったの。」
「何だよ、心残りって。」大袈裟だな、と肩を竦める新一。
「あとさ、新一、ロンドンでの事覚えてる?」
(もう、告白の事言おうと思ったのに!!)
どうして彼の前では、素直に言えないのだろう。
ロンドンでは範囲が広すぎる。ロンドンでの”告白”と言わなければ。
「・・ああ、勿論覚えている。あれは俺の人生初の告白だからな。」
「・・・っ!!」
なのに、新一はいともたやすく、蘭の言いたい事を読み取り、掬いあげてくれた。
(そう言えば、そうだった。新一はいつも私が素直になれなかったりしても、読み取ってくれてた。
拗ねたり怒ってたりすると、願いを聞いてくれた。)
いつも素直な蘭が、天の邪鬼になるのは相手が新一の時だけで、それは彼女の実の両親の姿に似ていた。
喧嘩しても謝るのは、ほとんど彼の方からだった。
(私、新一にひたすら甘えてたんだ。新一なら私の気持ちを分かってくれる、願いを叶えてくれるって。)
それでも彼が組織に命を狙わるまでは、彼自身も子供だった事、好きなものに没頭すると家事を疎かにするという欠点があり、その点を蘭が補っていたから、二人は上手くいっていたのだろう。
精神的に彼が蘭より大人でも立ち止まって、笑って手を差し伸べてくれる余裕もあり、二人の立ち位置の距離の差もその程度しかなかったのだ。
(行方不明の間に元々私より大人だった新一は、すごい速さで本当の”大人”になったんだね。)
そして二人の歩調は完全に合わなくなったのだ。
「うん。あの時の告白ありがとう。すぐに返事しなくてごめんなさい。あの、あのね・・。」
胸がドキドキする。初めての自分からの告白。
「うん?」兄のように見守る彼の顔。
「私も新一の事が好き。」
「・・・っ!!」
やっと言えたと安堵の息をつくと、眼を見張った彼の驚きの顔があった。
妻子持ちの彼を困らせるつもりはない、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「ーだったよ。だから待ってた、待ってたの。」
「ああ、知っていた。」
「・・・っ!!」
(知ってたなら、どうして宮野さんのところへ行っちゃったの!?)
(どうして私じゃないの!?)
(ずっとずっと側にいたのは私なのに。)
その言葉を聞いた時、蘭の中で怒涛の如く、様々な感情が瞬間的に湧きあがり、そして突如消えた。
「そっか。えへへ。」照れ隠しに笑ってみる。
あの頃両想いだと分かっただけで、それだけで嬉しかった。
「知っていた。だから頑張れた。ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。」
「・・・っ!!」
その言葉で蘭は、不安で泣きそうに待ち続けた、あの1年弱の月日が、昔の自分が、初めて報われた気がした。
***************************************************
後書 ”ごめんなさい”と”ありがとう”そして”好き”がやっと言えた蘭ちゃんです。
しかし、良いのか悪いのか、なかなか終わりません^^;あと1・2回ですかね(作者の癖に読めない。)
次話で志保さん 登場。
新一の想いも書く予定でございます(*^^)v
恋人の祭典であるクリスマスイブに蘭は、待ち合わせの為、米花駅前に立っていた。
(この間のコンサート以来だから、3週間ぶりのデートかな。)
優花に捨て置き作戦をアドバイスされたものの、無理に別れなくても良いとも言われていた為
前からの約束であったコンサートは一緒に行った。
それ以来のデートである。
相変わらず彼は遅れている。前のデート時、遅刻しなかったので、正直、油断していた。
今回連絡もないので、彼女は困っていた。
捨て置き作戦以来、今まで如何に彼中心の生活を送ってきたか、まざまざと感じていた。
(今まで自覚がなかっただけなんだ。私って本当馬鹿だな。)
思わず嘆息する。いつまで待とうかな、と賭けをしている心持ちになる。
(それでもやっぱり、イブは恋人と過ごしたいって思ちゃったんだよね。)
周りを彩る緑と赤、延々と響くクリスマスソング、ツリーの煌めき。
大勢の人々が賑やかに行き来する、大通り。
人々の喧騒の中、それを眺めながら待っている内に、不意に過去の出来事が蘇った。
(園子のくれたマジックショーチケット、同じここで待ってた11年前の自分)
笑顔で気遣う親友の顔。苦しげに断る新一の声。泣きそうに待ってた自分。
新一が自分の願いを叶えてくれる事に慣れていた無邪気な、それでいて傲慢だった子供の自分。
今ならどうしたらいいか分かる、分かるのに。
「やり直せるなら・・やり直したいよ。」
時が戻ればいいのに、と蘭はセンチメンタルな気分になった。
そんな事は叶わないと知った上で、喧騒の中、蘭はぽつりと呟いた。
「時よ、戻れ☆・・なーんてね。」
先日、時間を操れる少女の映画を見たばかりだった影響もあるかもしれない。
クリスマスという如何にも奇跡が起きそうな時期だったせいもあるかもしれないが、思わず口から零れた言葉だった。
そんな時、人混みで視界が効かないせいで、蘭は駆けてきた小さい子供とぶつかってしまった。
「きゃっ!」「わっ!」
「ぼ、坊や、大丈夫っ?」蘭は少しよろけた程度だが相手は、尻もちをついている。
「はい。だいじょうぶです。」
慌てて抱き起した蘭は相手の顔を見て驚愕した。
「コ、コナン君っ!!??」
そう、その子はかつて彼女の家に居候していた弟のように思っていたコナンそっくりの顔立ちだったのである。
否、顔立ちだけではない。髪、瞳の色までそっくりである。違うところと言えば眼鏡を掛けていない点だろうか。
「「コナン?誰それ?」」
いつの間にか男の子の側に来ていた女の子まで疑問を向けられていた。
だが蘭は再び驚愕する事になる。
その女の子の顔は・・・。
「哀ちゃん!!??」
男の子の側で、埃を払っていた女の子は、これまたコナンと仲が良かった灰原哀そっくりだったのである。
こちらも赤茶色の髪に翡翠の瞳とそっくりである。
違うところと言えば、年齢の割にずいぶん大人びた哀より、表情が子供らしいという点だろうか。
「「哀?誰それ??」」
(いやいや、私、落ち着くのよ!!コナン君と哀ちゃんのわけないわ!)
(あれから10年以上経ってるんだから、二人とも今頃もっと大きくて・・・そう、高校生のはず!!)
(まさか、本当に時間が戻ったとかないわよね!?)
直前まで、時間が戻ればなんて考えを持っていたせいで、まさかと思いつつも蘭は自身の姿を、側の店のガラスで確かめる。
化粧した昔より大人びた顔、社員割引で購入したとは言え、そこそこの値段のブランドバック、ハイヒール、全てが大人の女である。
あの当時の女子高生ではない。
(当たり前だけど、タイムスリップとか若返りとかしてない!よし!!)
「あ、ごめんなさいね。知り合いにとても似てたものだから。坊やたちお名前は?」
「くどうそら 8さい。」
「くどうみほ 7さいっ!」
女の子の方が元気が良いらしく、勢い良く返事をしてくる。
「そうなの。って くどう?工藤??」
「「うん。どうしたの?おねえさん。」」
二人揃って仲良く首を傾げている。
(この顔で工藤ってまさかこの子たち。)
特に男の子の方がコナンそっくり、新一の小さい頃そっくりである。
蘭の脳裏にある噂と考えが浮かぶ。
その時に慌てたような、聞き覚えのある懐かしい声が人混みから聞こえた。
「蒼、美保っ、先に行くんじゃない!」
「「お父さん!!」」
きゃっと声をあげて、その男性にしがみつく子供達。
かつて良く見送った背中。でも以前よりずっと大きくなっている気がする。
「あのね、お父さん。そらがね、おねえさんにぶつかっちゃったの。」
「でも、なかなかったよ、ぼくエライでしょ。」
「だから人混みで手を離すなと。あ、すいません、うちの子供達がぶつかってしまったようで。」
そう言いながら蘭の方に振り向く男性。
「お怪我ありませんか?って蘭っ!?」
「新一!!!」
その男性は蘭の初恋の人だったのである。
十年振りの新一との再会であった。
”精神世界は繋がっていますから、毛利さんが心から願えば叶いますよ”
二ヶ月前の優花の言葉と笑顔が、蘭の脳裏に浮かんだ。
***************************************************
後書 遂に十年振りの再会です。
そして皆様お待ちかねの、二人の子供登場です♪イエイ☆
工藤蒼(8歳)君&工藤美保(7歳)ちゃんとの出会いで10年前にタイムスリップ
したかのような心境になる蘭とよりかっこいい男性となった新一(28歳)との再会。
このシーンを書きたいばっかりに、10年経過させました。
さて、二人の再会後はどうなるでしょう?(笑)
「・・毛利さん?」
気付けば優花さんが、おそるおそるお茶を差し出しながら、声を掛けてくれていた。
「あ、すいません。ちょっと昔の事思い出して・・。」
「どうぞ、ほうじ茶です。落ち着きますよ。」
「ありがとうございます。頂きます。」
香ばしく温かいお茶にほっとする。
その後はすっかり彼女に心を許した蘭は、今までの恋愛をより率直に語っていた。
「それ、多分ずっと”同じ男性に恋をしている”パターンですね。」
「え?でも違う人と交際してますよ。」
「ええ。御本人はそのつもりなんでしょうけどね。」
彼女は自分は心理学を専攻している院生で、心理カウンセラーになる練習の為に占い稼業をしているのだと前置きした上で、ある例を出した。
婚約中に浮気された女性が次に交際した相手も同じような経緯で駄目になるというパターンを繰り返していたのだという。
よく傾聴すると、彼女は最初に捨てられた男性が忘れられなくて、新しい恋に出会ってもまた同じようになるに違いないと無意識に思ってしまっており、それが現実化していたのだ、という事だった。
きっかけになった男性を忘れられず影響を受け続けている事を”同じ男性に恋をしている”と呼ぶらしい。
「そんな事あるんですか?」
「ええ。潜在意識の力は凄いですから。聞いたことありません?人間の脳は普段は数%しか使われていなくて、でも危機的に状況の時には力を発揮する ”火事場の馬鹿力”とかですね。」
「この第一人者にジョセフ・マーフィー神父とかナポレオン・ヒルとかいますよ。」
「潜在意識という単語知らなかったけれど、それなら聞いたことあります。」
「だから毛利さんも一緒だと思います。工藤さんの事を忘れられずに彼に似たような男性を選び、そして約1年で恋が終わる。」
「いえ、でも新一と今までの彼氏じゃタイプ全然違います!」
「まるっきり同じである必要はないんです。彼を彷彿させる何かがあるかです。」
「今のお話伺ってると、顔立ち・雰囲気が似ている方いらっしゃいましたし、ビッグマウスな彼氏に魅かれるのは彼が実際に国際犯罪組織を殲滅させた方だから。待ち合わせに遅れてきたり、約束を守らないという点も同じです。
内実は、工藤さんの場合、正当な理由がありましたけど、今の彼氏さんはパチンコ。そういう違いはあるけど、表面的な特徴が似ている。」
「・・・っ!!」言われてみれば眼から鱗だった。
(そんなずっと前を向いて歩いてきたつもりだったのに、実際は足踏みしてただけだったの!?)
そこからその潜在意識の話になり”思った事が現実化する”という彼女の具体的な話に聞き入ってしまった。
「工藤さんへの謝罪と好きだった事を言えなかった事が毛利さんの中で消化されずに残ってしまってるんですね。それを解消しましょう。」
「あの、でも、連絡先知らないし、もう海外へ行ってしまっていて・・。」
新一は数年前までは日本に居たが、その後どこか海外へ引っ越ししたらしいと風の噂で聞いた。
(謝りたくたって、謝れないよ。)
「大丈夫です。潜在意識の力を活用しましょう。」
「?」
「精神世界は繋がっていますから、毛利さんが心から願えば叶いますよ。
彼への心からの”ごめんなさい”と”ありがとう”、そして”好き”という気持ちを発信しそして手放しましょう。」
「手放す?」
「ええ。執着心は願いを妨げる元ですから。」
それでもまだ半信半疑な蘭の顔を見て、彼女はまた分かりやすい例を出した。
「家出した息子さんを心配ばかりしている母親がいました。
けれど話を聞いた神父はそれは息子さんへの過干渉である事を見抜き、母親にその執着心を捨てるよう諭します。
神父との対話で、自身の行いが息子の自立を妨げていた事を自覚した母親は心から懺悔します。
そして謝りたいと思うのですが、伝える手段がない、と神父に相談します。ここまでは毛利さんと一緒ですよね?
すると神父は反省の気持ちと息子さんが健やかである事を祈り、息子さんを解き放ちなさい、と助言します。
・・そしたらどうなったと思います?」
「どうなったんですか?」
「母親が祈り、事態は何も変わらないのに、彼女の心が満ち足りて平穏になった頃、息子さんがひょっこり帰ってきたんです。」
実話ですよこれ、心からそう思えたら届きます、精神世界は何処でも繋がってますからと微笑む彼女が聖母のように感じる。
それが実現するなら確かにやってみる価値はある。
(・・でもだったらどうして私の恋は叶わなかったんだろう。)
新一と結ばれる未来を信じて疑わなかった昔の自分が蘇る。
「思考が現実化するが本当なら、でも、じゃあどうして私の恋は成就しなかったんでしょうか?私、ずっと小さい時から彼の花嫁になるんだって無邪気なまでに信じてました。」
思わず疑問が口から零れ落ちていた。眼を瞠った彼女に慌てて言い募る。
「いえ、告白の返事しなかった私が悪いのは分かっているんです!でも・・!!」
「そうですね。途中までは叶っていたと思うんです。工藤さんから告白されたって事はそうでしょう?」
「はい。」
「ただ先程のお話から伺うと待っている途中で”どうして帰ってきてくれないの!?”連絡がないの!?と思ってたと言ってましたよね。」
「は、はい。あの、でもそれは組織の事知らなくて、何も知らなくて!!」
「潜在意識って主語がないのと否定が通じないんですよ。融通が効かないっていいますか。実現してほしくない事も強く思ってると実現してしまうといいますか。」
「??」
「で、その法則でいくと”帰って来ない””連絡がない””何も知らされない”と憤ってるとそれを思い描いた事になり、実現しちゃうんですよ。」
「そ、そんな・・!!そうなんですか?」
「ええ、おまけに主語もないから、誰かをひどく憎んでひどい目に遭えばいいとか考えてしまったと仮定します。
でも、主語がないので相手と同じ災難が自分にも起きてしまう。”人を呪わば穴二つ””天に唾す”という諺がこの事をよく表しているんですね。」
言われて見ればその通りである。否定形で新一を責めてばかりだった幼い自分。
当時、彼の無事を祈り「戻ってきて欲しい」「連絡があると嬉しい」と願えば違ったかもしれないと彼女は続けた。
「それに相手の気持ちもありますから、結局思い遣りがあるか、想いの強い方が勝ちます。だから願い事は具体的に肯定的に言った方がいいです。」
話題は次に、現在の彼氏に移った。
「やっぱり別れるべきですよね。好きなんですけど。」新一の身代わりにしてしまったという罪悪感が一気に蘭を襲う。
「いえ、別に無理に別れなくていいですよ。お好きなんでしょう?」
「え?でも・・。」
「今私が言った事のせいで、毛利さんは彼の身代わりしてしまったと自分を責めてるかもしれませんが、それはほんの一部だったり、きっかけに過ぎません。
ほら、よくあるでしょう?父親に似た男性を好きになりました、とか。あれだってきっかけになっただけですから。」
「ああ・・。」そう言われるとすとん、と心が納得した。それなら確かによくある話である。
「ただ結婚されたいのなら、ギャンブル好きって言うのはちょっと厳しいですね。生活を一緒にするわけですから。」
「そうですね。私も付き合うなら何とかなるけど将来は厳しいかな、って。貸したお金も返してくれないし。」
「それに彼中心の生活になってるのも気になりますね。シフトも彼の家の家事をやる為に調整しているみたいだし。」
「は、はい。このままじゃいけないて分かってはいるんですけど。」俯く蘭である。
「じゃあ、まず彼氏の事は捨て置いて自分を大事にして下さい。」
「捨て置く?」
「ええ。彼と距離を置いて、今まで彼に費やしていたお金や時間を自分の為に使って下さい。
そしたら自分が何をしたいのか見えてくるし、視野も広がります。その上で彼と共にいたいなら、それはその時に考えればいい事です。」
「成程。分かりました。ありがとうございます。」
その時、丁度蘭の携帯電話が鳴った。
メール履歴を見ると彼氏からである。
”彼との距離を置く”今言われたばかりの事が脳裏をよぎる。
メールには「ゴメン あと1時間待っててくれ!」とある。
(フィーバーが続いてるのかな)咄嗟にそう思い付いてしまう自分が悲しい。
”私も予定あるから、ごめんなさい><”と咄嗟に返信し、優花さんに向き直る。
「彼と距離を置く。出来ました。」
「その調子です。同時にさっき言った事もやってみて下さいね。」
「はい。ありがとうございます。あの、お金本当にいいんでしょうか?」
1時間もこんなに親身になってくれていたのに、無料で本当にいいのだろうか気が引ける。
「ええ。修行中の身なので師匠との約束でお金は結構です。」
「あの、でも、それじゃ、あんまり。」
「じゃあ、あの肉まん奢って下さいません?」ちょっと顔を赤くしながら、向かいの中華店を指差しながら、占い師が言う。
彼女曰くお金は駄目だけど、食べ物、飲み物はエネルギーとなり消えてなくなるからOKらしい。
しかも占いとそのアドバイスは結構体力を遣うらしく、終わった後いつもお腹が空いているんだとか。
「大学院の勉強とここの占いで時間取られて、バイトの時間も少なくて・・。」先程の超然とした様子とは裏腹な素直な様子が返って親近感が湧く。
「分かりました!ちょっと待ってて下さいね。」
肉まん2つを購入し、二人で仲良く食べる事になった。
「わあ、ありがとうございます。」楚々とした外見からは想像できない、見事な食べっぷりである。
(もう1個か2個買ってくれば良かったかな。)
「本当に美味しそうに食べますね~。今度パイか何か作って持ってきましょうか?」
「え、いいんですか?嬉しい!」
「私、料理得意なんです!」
「楽しみです。」
社会人になってからはなかなか増えない友人兼相談者が増えて、蘭はとても嬉しかった。
彼中心になりがちな思考や行動をしそうになるたびに、手土産片手に週1ペースで優花の元へ通う日々が続いた。
「蘭さん!こんにちは!うわあ今日のパイ、美味しそうですね~。」
「自信作のレモンパイです!」すっかり慣れて占いというより、食べながらの談笑といった風体である。
「捨て置き作戦順調のようですね。」
「あ、はい。優花さんのおかげです。」
彼中心で疎遠になりがちだった友人との付き合いが戻って蘭は楽しく過ごしていた。
今度習い事もしてみようかと現在体験する教室を物色中である。
「でももう一つの方が上手くいかない、と。」
「はい。」
そう、元来素直な蘭はすぐ新一への執着心を手放すという提案をやってみたのだが、何かしっくりいかないものを感じていたのだった。
「謝る気持ちはあるのに、どうしてなんでしょうね。」
「「う~ん」」
「その時何かすごく心に残ってる事ありませんか?」
「心に残ってる事・・。」
「ええ、何でもいいです。」
”言ってくれさえしたら!!”促されて考え込むと、ふと過去の自分の悲鳴が脳裏で復活した。
「あっ。」
「何かありました?」
「はい。私、彼が何にも言ってくれなかった事もすごく責めてました。今なら分かるんです。彼が私を守ろうとして
そうしたって事。でも私は言って欲しかった。秘密を守れないように扱われた、ないがしろにされたって思ってました。
好きだったから彼の事何でも知りたくて、それに幼馴染で新一の事、誰より知ってるっていうのが私の自慢だったんです。」
国際犯罪組織の秘密を守るという事がどれだけ精神的に大変な事か何も知らなかった子供だったのだ。
「それかもしれません。じゃあ執着を手放すと同時に「秘密を話してくれなかった彼を許します。」と言って下さい。
最初は心が籠ってなくてもいいです。」
「え?いいんですか?でも新一悪くないのに許しますって何か変なような・・??」
「ええ。これは蘭さんの心を救う為のものですから。気持ちは後から付いてきますよ。騙されたと思ってやってみて下さい。」
首を捻りながらも、優花の事を信用していた彼女はその日から、言われた通りに思念する日々を続けた。
そうして気づくと蘭の心は、あまり波立ったなくなっていた。
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後書 今回はオリキャラ 優花と潜在意識の会話しております。
馴染みがない方にも分かり易いように書いたつもりですが、如何でしょうか?