共に不幸になる権利(一滴の水 番外編 蘭追憶編)
「ねえ。どうして?私には貴方と共に不幸になる権利もなかったの?」
師走の慌ただしい日々。とある駅の路地裏。
実家に帰る前に手作りのレモンパイと手荷物を抱えて、優花の元に顔を出しに行くことにした蘭の姿があった。
(結婚式に出席して貰ったお礼言わなくちゃ。あと近況報告でペンションのこととか話したいなぁ。)
客が少なければそのまま話が出来るが、多ければ挨拶だけしてぱっと帰って別の日に話そうかな、と占い師の優しい美貌の顔を浮かべながら、今後の予定の段取りを浮かべる。
(あ、優花さんだ…!今占っているお客さんだけ。しかも話が佳境っぽい。)
長くみても後30分くらいかなとそのまま次の客席に座る。
通りで簡易的な机と椅子だけでやっている占いなので、相談内容が聞こうとしなくても自然と耳に入る。
30代半ばと思しき華やかな美人のお客さんは最初、夫と上手くいかないという悩みだったのだが、徐々に昔の恋人の話になっていく-。
(結婚運占ってもらって、新一の話になった私みたい。)
彼女は所謂、いいところのお嬢様で、大学時代に旧家の末息子と恋に落ちた。
箱入りお嬢様だった彼女にとってそれが初めての恋人だったそうだ。
厳格な彼のお父様にも気に入られ、このまま結婚すると思っていたが、その彼の父親が急逝。
当主が亡くなって、その旧家が実はかなりの財政難に陥ってことが判明し、彼は大学を辞めざるをえなくなった。
しかも彼女は恋人に「今の家の状態では、貴女を幸せにできない。」と言って別れを告げられてしまう。
彼女はまだ恋心を抱いていたが、両親からも破産寸前の家に行くことなどないと猛反対されてしまい、良い子でお嬢様の彼女にはそれを跳ねのける強さなどなかった。そもそも、彼自身に振られてしまっている-。
そして二人は別れ、彼女は適齢期に親の勧める人と見合い結婚したが、初恋の彼を忘れられず、夫と上手くいかなくなった、ということらしい。
「”こんなに大変な家に嫁いで貰って、苦労させるわけにはいかない。”って言ってたって、この間、彼のお兄様から聞きました。」
「私のこと、なのに決めるのは彼、両親…。私も若くて 世の中ってそうなのかな って流されてしまったけど、私のこと、なのに。」
「幸せにしてくれって言ってないのに。」
「ねえ。どうして?私には貴方と共に不幸になる権利もなかったの?」
見捨てられたかのようにポツンと呟いた彼女の声は蘭の心に響いた。
(ああ…!分かる 分かるよ!お姉さんの気持ち、分かる!)
思わず彼女に声を掛けたくなるが我慢する。
「蘭、新一はな、お前を巻き込みたくないから、守りたいから黙っていたんだ!」
「新一君はもう別の世界の人よ。蘭 付いていけないわ。諦めなさい。」
両親の窘める声が甦る-。
「・・悪い。手が離せないんだ。」
苦しげな新一の声がする-。
他にも園子、目暮警部、世良ちゃん、高木刑事 色んな人の声が反芻する。
そのどれもが蘭を想い、危険から遠ざけようとしてくれていた。それは理解出来る、けれど-。
(ずっとモヤモヤが消えなかった。悲しかった。悔しかった。…さっきのお姉さんの言葉で分かった。)
自分のことであるのに、良かれと思って皆が選択肢を決めていたからだ。
告白の返事をせずに瀬川君に頷いてしまった蘭にその権利は最早ないかもしれない。
だが蘭には分かってしまう。
返事をしていても、誠実に向き合っていても新一はおそらく、組織の事を黙っているという選択肢を取るであろうことが。
それが彼の思い遣りからきていることでも蘭は悲しかった。組織の恐ろしさも守秘義務の大変さも理解した今でさえ。
知らされない 苦労も共有できない。失敗も挫折すらない-。だから成長も出来ない。
恋愛=幸せしか見えてなかった蘭には不幸になる覚悟と言ってもどこまで理解できたか。無理だったろう。けれども-。
目や耳を塞ぎ、綺麗なものだけを視界に写すような-。
(まるでガラスケースのお人形みたいな扱い…。)
”ペンションをやりたいから苦労させるかもしれない。でもついてきてくれないか?蘭さん。”
夫の顔が浮かぶ-。苦労させるかもしれないが共に居てほしいと正直に言ってくれた男性(ひと)。
(貴方と結婚出来て、本当に良かった。)
ペンション経営してまだ半年。
ようやっと軌道に乗り始めたけど、建築費用の借金はまだまだあるし、やることは山積み。
だが夫婦で共に同じことを築き上げる苦労は蘭を充実させていた。だからこそ思えることがある。
(さようなら。私をガラスケースのお人形扱いして大事にしてた新一。新一をヒーロー扱いしてた子供の私。近いと…近すぎてお互いの姿が見えなくなっちゃうんだね。)
お互いがお互いの中に理想を見過ぎたのだ。
大粒の涙を零した彼女を見て応援したい気持ちに駆られる。
(落ち着いたら声掛けてみようかな。あ、レモンパイ一緒に食べませんか?って誘ってみようかな。)
お節介かもしれない。拒否されるかもしれない。
でも蘭は知っているのだ。人は放っておいてほしい時もあるけれど、側に居てくれるだけでいい時もあると-。
それは大事な人だったり、反対に行きずりの人が良かったりと様々だけれど。
(私もお人形じゃない。貴女もお人形じゃない-。生きているんだから-。)
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後書 蘭が結婚して初の里帰りする途中で優花さんに会いに行く話。
優花さんの元にきたお客さんの話を聞いて過去の自分を追憶する蘭。
幸せだからこそ、大人になったからこそ分かることがあります。
最後 実は迷いました。私は見ず知らずの人に一緒に食べませんか?ってやれません(踏み込まない優しさってあると思う)が蘭ちゃんはやりそうだな、と。(踏み込む優しさ)
こういうのって正解はないので、でも私には書けないので、声を掛けるつもりで終わらせました(笑)
続き どなたか書いて頂けたら嬉しいです(おい
楽しんで頂けたら幸いです。
感想頂けたらもっと嬉しいです。
ちなみに”共に歩む幸せを” http://haruharu786.blog11.fc2.com/blog-entry-1069.html の蘭幸せ編と題名は対称的になってます。
PS 実はハロウィンの映画ネタ 書きたかったのですが、コ哀ネタは殆どないし(こっそり二人で抜け出そうとするシーンくらいかな?何かネタありましたらお教え下さい。)、警察学校組は3年前なので夢の絆 チート新一にも救済出来ない~>< でも何か書きたい熱だけは沸き上がったので、昔読んだ探偵シリーズからネタを貰い、書いてみたのが本作品です。