太陽の女神 月の巫女姫⑤

「まあ照(てる)にも弟がいるの?」
「そうなのよ。大伯。」
斎宮の池のほとりで照と大伯は仲良く話していた。
当初こそ、お互いに照姫 大伯姫もしくは都の姫と呼んでいたが、葉が緑から黄色になる頃には呼び捨てになっていた。
大伯には耳慣れない地方の言葉も多かったけれど、彼女はやはりこの地方一帯を治める氏族の頂点に立つ姫らしく、父の代わりに神事への名代を務めた話を聞かされていた。
お互いに対等な同い年の同性の友人に飢えていたのかもしれない。
明るく賑やかな照と物静かで理性的な大伯-。
似たような境遇だが性格が違うにも係わらず否 違うからこそ、だろうか、二人はとても馬が合った。
そして本日は兄弟の話になったのである。

「一人はまあ貴女に似て物静かでいいんだけど…いや女ならともかく、男があそこまで静かというのもどうかしら?」
言いながら首を傾げる照姫。
妖艶な美貌の割に、言動がさばさばした姫であった。
「まあ。それはいいんじゃないしら?静かなのが好きなのでしょうし。で他にも弟さんがいるという事なの?」
彼女の口ぶりからして、もう一人か二人弟がいそうである。
大伯自身の異母弟は草壁皇子を筆頭に数多くいるが、母方で暮らすこの時代 あまり弟といった感じはしない。
むしろ結婚相手候補である。
故に同母弟は大津一人の彼女にとっては兄弟が多いというのは、羨ましい事だった。
「ええ、末に弟がいるのだけれど、これがもう手が掛かるというか、やんちゃというべきか もうっ!!」
「ふふっ。」
苦労させられているのか、ぷりぷり怒る照が何だか可笑しくて笑ってしまった。
「笑い事じゃないんだから!!あの子の悪戯ときたら 飲み物の壺に蛇入れるわ 皆がよく通る道に穴掘るわでもうっ!!」
どうやら相当な暴れん坊らしい。
「ふふっ。大津も…私の弟もそうよ。かなり元気。まだ小さい時馬に乗りたいって聞かなくて危うく蹴られるとこだったわ。」
「男の子って体力有り余っているわよね。」
「確かにね。」
「あれで双子ってのが信じられないのよね~。」
「え?弟さん達 双子なの?」
「そうよ。そっくりな顔して片方は書物読んですっごく静か 声掛けなきゃ一回も外出ないじゃないかって感じ。
で片割れは探さなくても居場所が分かるくらい大抵騒動の中心にいるのよね。
顔同じだから、性格が違い過ぎて、見れば見る程不思議。」
「へえ。」
美しく明朗な姉である照、物静かで知性派な弟と元気過ぎるくらい元気な末弟-。
(何だか微笑ましい。大津も元気かしら。)
(明日文でも書こう。)
大伯の顔から何か察したのだろう、照は敢えて明るくこう言った。
「ねえ?都の弟さんや知り合いにこの地方の美味しい物送ってあげたら?」
「そうね。」
紅葉の季節、美しい姫二人が寄り添い語り合う-。
それはとても穏やかな日々の一幕であった-。

文と干した果物を箱に納めながら、この地へ越してきてからの日々を振り返る大伯は、笑みを浮かべていた。
(最初、此処に来た時は寂しかったけれど…照もいるし 慣れてきたわね…)
権謀術数渦巻く都での日々より、素朴な伊勢の地の人々 美しい山と海、神に仕える清涼な土地の方が大伯には合っていた。
(大津に会えないことだけが淋しいし、心配だけれど…)
その心配は的を得ていた。
静かに暮らす姉とは対照的に、皇太子(ひつぎのみこ)の座を巡って微かだが少しずつ少しずつ、大津皇子は周囲の思惑に巻き込まれつつあった-。
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後書 今回は『姉弟(キョウダイ)』です。
照と大伯は共に長女で弟がいるという事が明らかになりました。
そしてお互いにやんちゃな弟について語り合い仲良くなっていきます。

太陽の女神 月の巫女姫④

皇女が伊勢の地へ下向して来てから早数ヶ月経った。
大伯はすっかりこの土地の生活に慣れていた。
(最近では、祈りの最中に風がそよぐのをより感じる。小鳥の微かな囀りさえも近くで聞こえる。)
清浄な土地でのお務めは、彼女の感覚をより鋭く、精神を透明にしていた。
「風に湿り気を感じる-。明日は雨ですね。この祭事は屋内での準備をなさい。」
「承りました。」
伊勢は気候も良いし、近くの海の景色は美しくて、食べ物も美味しい。
元々自然や静寂を好む彼女にとって嬉しい事だった。
そんな風に平和に日常が過ぎていった或る日の事、転機が訪れる-。

夏に晴天が続き、神宮の周りを囲む木立の陰を彼女は珍しく伴も連れず一人でそぞろ歩きしていた。
(日光で木の葉が、緑が色鮮やかで美しいこと。・・大津は元気かしら・・。)
気が抜けると心はどうしても最愛の弟へ向う。
そうして都の方角へ視線を見遣った際、其処に一人の女性を視界に入れて眼を疑った。
(さっきまであそこには誰もいなかったはず・・。近づいてくる人の気配もなかったわ。)
しかもこの祈り場の周辺は見知らぬ者が入れないように警備されているはずだ。
大伯とて全ての舎人や下働きの者の顔を全て覚えているわけではない。だが・・・。
(こんなに美しい人、一目見たら忘れるわけないわ。)
かの女性は都で数多くの美女を見てきた皇女をして忘れられない程の容姿の持ち主だったのである。
鳥の濡場色の豊かな黒髪、透明でありながら健康さをうかがわせる頬、整った顔立ちに似合う紅い唇。
(華やかで明るくて・・まるで太陽のよう・・。何処の姫君かしら?)
大伯がそう考えたのには訳がある。
まず謎の女性は容貌もさることながら、その衣装の質。
皇族として生まれ育った彼女の眼からしても極上の部類に入る。
おまけに雰囲気が明らかに人に傅くものではない。むしろ反対のそれだ。
雷光のような眼差しに産まれながらにして皇族の姫君として敬られて育った彼女が呑まれそうになった。
以上の事から皇女は、地元の有力豪族の姫君なのでは、と考察したのである。
この時代、後の世と違って、天皇の名は絶大ではない。
形式上は頭を下げていても、実際に治めているのはその土地の有力豪族であり
その氏族の方が、実地では遥かに力を持っている事などよくある事だった。
おもむろに謎の美女は近づいてきて、にこっと微笑んだ。
笑顔もやはりぱっと周りを明るくするような陽気なもので、印象が美女から美少女に変わり幼くなった。
それにより大伯の緊張が一気に解けた。

「初めまして。私は照(てる)。貴女が都から赴任してきたって云う大伯皇女ね?」
「ええ。初めまして。そうです。」

これが後に10年以上の付き合いになる彼女達の最初の出会いであった。

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後書 実に5年以上ぶりの更新です(・。・;
ま、待ってる方大変にお待たせ致しました
照と会った大伯皇女の運命の続きを書いていきたいを思っています。

太陽の女神 月の巫女姫③

「私は斎宮として、伊勢へ赴く事になりました。」
「そんな!姉上!!」
弟・大津は悲鳴のような声を挙げる。姉が父帝に呼ばれたと聞き、てっきり縁談かと思った彼だが、事実はそれよりも悪かった。
「大津。」声を荒げるなと暗に含ませた声音でそれでも優しく話しかける。
その声にぐっと黙る大津皇子。
大伯はその間に背後に立つ侍女に目配せして、人払いをさせた。
「大津。よく聞いて。私はこれから遠い地へ行かねばならない。
もう貴方を守ってあげられない。だから、父上にも叔母上にも批判的な態度を取っては駄目。
お祖父様に可愛がれていた貴方の存在はとても危ういの。」
「危うい?何故です?私は父を天皇、母を皇女に持つ皇子ですよ」
自身の血筋の尊さを知る皇子は分からないと表情をする。
「血筋がこの上なく良いからこそ、権力に近い。権力に近いという事はそれにまつわる争いごとに
巻き込まれるのよ。」
「それは分かっておりますが・・。」
不服そうな顔。きっと弟は真の意味で理解していまい。
納得はしているが、自分がそんな事に巻き込まれないだろうという自負と自尊心が垣間見える。
大伯皇女は両親を天皇に持つ祖父と父を想う。
血筋で言えば、生涯安泰と見える二人。
だが彼女が知るだけでも、二人は政治的にとても危ない橋を何度も渡ってきている。
権力の為に他の皇子を殺し、力を握る為に戦争をし、豪族たちを従える為に様々な駆け引きをした。
皇女である自分には知らされぬ事も多々あったであろう事を彼女は薄々と察していた。
それほどの世界なのだ。
尚、悪い事に大津は祖父帝に可愛がれており、そして未だ成長期であるものの容姿も似通い初めていた。
祖父帝の築いた都を滅ぼす事によって成り立った現政権においてそれがどれほど危うい事なのか。
(まだ時間はある。)
「まだ伊勢へ行くには時間があります。支度もあるし、都のすぐ側で数ヶ月潔斎せねばなりませんから。」
(その間に貴方に色々教えておかなければ)
「本当ですか?ではまだしばらくお会いできるのですね。」
「ええ。」

数ヶ月後。
大伯は伊勢へと向かう輿の上に居た。
「姉上、道中気をつけて」
「ええ。大津そなたも体には気をつけてね。」
別れの挨拶をする姉弟。
(私はこの数ヶ月で全て教えられただろうか)
13歳の苦労知らずの皇女の政治的知識、世渡りなど実際は役に立たないかもしれぬ。
それでもあの健康でいつも自信に輝いている弟が愛しい。守りたい。
そしてその自信故にこそ、危なっかしくて仕方がない。
今まで我慢や忍耐といった事がほとんどなく育っている。
たまに必要ある時は、姉である自分が抑えてきた。
(私が居なくても、きちんと耐えるべきは耐えるのよ。大津)
祈るような気持ちで、彼女は輿から都の方向を見続けた。
一抹の不安を抱えながら。



太陽の女神 月の巫女姫②‏

久々の父と叔母との会話は、最初はお決まりの時候の挨拶から始まった。
最初は慣れない事に緊張していた彼女も、そこはやはり身内の親しさからか、一刻程するとなごやかに会話できるようになっていた。
「大伯もすっかり大きくなって・・。母に似てきたのう。」
「そうでしょうか?」
「本当に姉上のお若い頃のよう。」
そして会話が一段落した頃を見計らって、伊勢の斎宮の話が出た。
「この数十年、皇位継承争いで伊勢の斎宮が荒れておる。」
「まあ。そうなのですか。」
果たして予感は当たったー。
そう思いつつも、何とか無難な答えを返す。
「そうなのですよ。それに酢香手皇女が退下して以来、天皇家縁の姫が行っておらぬのです。」
酢香手皇女とは、後世に用明天皇と呼ばれる天皇の息女で、父王の死後も斎宮で任を全うした事で知られる。
斎宮を務めた期間は37年間。
その数年後に時の女帝が死亡し、皇位継承権をほぼ同等に持つ二人の皇子の内、どちらにも後継者と指名せぬまま亡くなった事がここ数十年の皇位継承争いの発端とも云える。
「私は、斎宮を制度化、法律化しようと思っておる。その初代として美しく聡いそなたが相応しい」

「皇室の氏神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)に斎王としてお仕えしてくれぬか?」父の優しいけれど深みのある声が響く。
「天皇に代わって、神にお仕えする大事なお役目。どうか頼みます。」叔母がそれに追随するように落ち着いた声で、確かな存在感を持って言葉を紡ぐ。

依頼の形を取っているけれど、これは命令だ。
否と言っても、おそらくかなりの確率で行かされる。
ならば自ら行くと言った方が良い。
けれどそれでも口の中がからからになった。声が出てこない。
一人で遠くの伊勢の地へ赴くー。
見知らぬ土地へ行かされる恐怖が身を包む。
けれどこれは決定事項なのだ。今自分がやるべきことは速やかに返事をすること。
皇族として生まれ育ち培ってきた、その場に相応しい立ち振る舞い、咄嗟の判断力が彼女を動かした。
瞬間で立ち直ると、二人をまっすぐに見つめた。
「私でよければ参ります。」と言い優雅に礼をした。

この瞬間、制度化された初代斎王として、大伯皇女の名が歴史に刻まれることになる。
そして、この制度は660年間続き、その間記録には60人余りの斎王の名が残される事になる-


太陽の女神 月の巫女姫①

大伯の胸の内は、「遂にきたか」という観念に近い気持ちと
「そういう手段ですか」と納得するような感心するような気持ちの二つが渦巻いていた。

時間は少し遡る。
その日彼女は、父である天皇(すめらみこと)と叔母である皇后(おおきさき)の呼び出しを受けて、
飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)の中を歩いていた。
彼女の名は大伯皇女。時の天皇の第二皇女である。
父帝には妃が多く、よって子も多い。
故に、皇后の同母姉であった生母が既にこの世にいない彼女には、父にあまり目通りする機会はない。
だからわざわざ呼び出すということは、かなり重大な話ということである。
大伯は現在十三歳。月の雫のように美しく、今正に結婚適齢期である。
(縁談の話か。それとも・・。)
父:大海人には、先述の通り数多くの子女がいるが、前正妃の娘である大伯は実に微妙な立場であることを
彼女自身が感じていた。
甥との皇位継承争いで勝利し即位した父。だが多くの息子がいる為、皇太子(ひつぎのみこ)を定めていない。
同母弟の大津皇子と異母弟の草壁皇子がその中でも最有力候補である。
異母兄の高市は年長であるということ、父の即位時の功績により候補には上がっているが、
母の身分が低い為、即位は難しいだろう。
こんな状況下の中で、父が天皇且つ母が皇女である、この国で最も高貴な未婚の姫が結婚したら、それは
とても大きな政治的意味を持つ。
大伯の頭は回転を続ける。
(高市の異母兄さまには、正妃がおられない・・。でも私が妃になれば、皇太子になれる可能性が大きくなる。
いや、もしくは彼が弟:大津の側に就いたとみなされる それは皇后には面白くないだろう)
皇后は一人息子の即位を願っている。
政治的に有能な皇后には、天皇も一目置いている。
反対に草壁皇子の元へ という話だったら・・。
(そうなると、私も大津の立場もますます微妙な立場になる・・。ただこれが皇后に敵対していないと示せる現段階での一番の折衷案かしら?)
とにかく天皇家で一番高貴な血を引く大伯皇女は誰と結婚しても、その夫に権力を与えるし、有力候補である弟の味方の権力増につながる。
それはやっと落ち着き始めた朝廷にとっていいことではない。
それでいて母方の後見がない心細い身の上。
この時代、妻問い婚の為、重要なのは母方の後見だった。
だから生母がなく、その後引き取ってくれた祖父帝もない今では、彼女は、弟と寄添って生きてきた。
(その弟と離されたくはない。)
けれど嫌な予感がする。この先に待つ話が自分にとって吉報に思えない・・・。
先導の宮人に気づかれぬよう、小さな溜息をついた大伯は、天啓のように、もう一つの可能性に気が付いた。

政治均衡上、微妙な立場にいる娘をどうにかする方法が結婚以外にもう一つある。
神に娘を仕えさせるという手段である。
臣下でも、各々の氏族で最も美しい未婚の姫を、巫女姫として差し出しその土地の神々に奉仕させるということをやっている。
天皇家では、その宮殿を斎宮、巫女姫を斎王(いつきのひめみこ)と呼ぶー。


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平安時代を書くと言っておきながら歴史小説第一弾は飛鳥時代でした。あわわ、すいません><
斎宮の事を書こうと思ったらやはり制度化された斎王初代:大伯皇女から書きたくなってしまいました。
無駄に順番にしたくなる派です。でもこの後は斎王は大部分特にエピソードもなく順番通りにいきそうもないんですけどね。(じゃあ何のために、彼女を最初に出したのかって?それは読んでいくと分かります☆)

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プロフィール

30代OLが歴史・節約・日頃・二次小説のことを書き綴っています。 コメント大歓迎★ ですが、宣伝や本文に何も関係ないもの もしくは激しく不愉快、コピペ等、そういった類は、私の判断により 誠に勝手ながら削除の方向です。楽しく語りたいです♪ 二次創作小説もありますが、このサイトは個人作成のものであり、原作者・出版社とは一切関係がありません。私なりの解釈を加えた二次小説もございますので自己責任でご覧になって下さい。

雪月花桜

Author:雪月花桜
タイトル通り歴史大好きな女がブログしてます。
歴史を元にした小説なんかも大好きでそれらについても語ったり、短編なんか書いてみたいです。
現在それ以外でも二次小説をupしておりますし、OLなりの節約・日々の徒然を語っています。

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