弟:大津の死-。
その報せは大伯皇女を奈落の底に堕とし、長らく寝込む事になった。
(嘘!嘘よ!!)
心が悲鳴を上げる-。
続く凶報は妃であった山辺皇女の後追い自殺であり、それが大津の死が揺るぎないものであると突き付けられたのであった。
そしてその伏せていた間に、身内に不幸があったとして彼女の斎王の任は解かれて帰京する事が決まっていた。
「照!私戻りたくない!!だって大津はいないのに戻って何になると言うの!」
「それならずっといたこの伊勢に居たい!風と森と海の国が好き!照とも離れたくない!」
いつもは物静かな親友が泣き縋る様に前に照は途方に暮れていた。
(大伯の願いを叶えたい-。でも対価が釣り合わない。)
大津を助ける為に、彼女は豊かな髪と霊能力を差し出した。
その願いは本人による拒絶という思わぬ結果になってしまった。
(対価を払ったけれど願いを叶える事が出来なかった。ならその分、別の願いを叶えてあげたい。例えば伊勢に留まりたいという-。)
けれど、と理を知る神としての彼女は即座に足りないと判断を下してしまった。
(せめて大津皇子本人からの拒絶でなく、間に合わなかったとかなら願いを”変える”という手段も遣えたものを…!)
だが本人の拒絶という例外が起り、叶えられなかった分の願いを聞くにしても、本当に僅かしか叶えられない。対価が残っていない。
(そしてもう大伯には差し出せるモノがない。これ以上となったら”彼女の幸せ全て”か”命”になってしまう…!)
目を瞑り照は考える。自分で出来る限りの事を-。
「大伯、まだ少しだけ貴女の願いを叶えてあげられる。ただ伊勢に置いてあげられる程でない。皇后はすぐにでも貴女を戻そうとしている。」
「そんな…!」
「だから私が代わりに一緒に行くわ。」
「え?」
「私と居たいのでしょう?」
「でも貴女が此処に居なかったら…!」
「いいのよ。元々私は宮廷にいたのだから。それに”天照大御神”なら同時に二箇所いるのだって可能よ?」
「あ…!!」
「それでいい?と言うかそれが精一杯なのよ。」
「ええ!!ありがとう!!照!」
それからの彼女の歌は、万葉集に4首残しているがそれは全て最愛の弟:大津への想いであった。
神風の伊勢の国にもあらましを なにしか来けむ君もあらなくに
見まく欲(ほ)りわがする君もあらなくに なにしか来けむ馬疲るるに
うつそみの人にあるわれや明日よりは 二上山を弟背(いろせ)とわが見む
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど 見すべき君がありといはなくに
退下・帰京途上で詠んだ歌として2首、大津皇子を二上山に移葬したときの歌2首である。
そして十数後の元号が変わった或る日、彼女は死の床にいた。
「照、ありがとう。今まで側に居てくれて…。」
「何を言うの。楽しかったわ。とても。」
あれから照は新しい侍女という名目でずっと側に居てくれた。
それがとても嬉しかった。
一人では耐えられなかったあろう”孤独”。
それを照は救い上げてくれた。
「ねえ照。一つお願いがあるの…。」
「なあに?」
「あのね…。もしも もしもこれから先の斎王で私みたいに全てを投げうってでもという願いがあったら…いいえ…なくても斎王とは都を離れ孤独なもの…。その…その姫たちのね、味方になってあげて欲しいの。差し出せるものがこれくらいしかないのだけれど。」
そう言って白髪の大伯が差し出したのは、亡き父からの形見分けの見事な細工の櫛であった。
「そんなのいいわよ。対価は本人から頂くもの…それくらい私の大伯の仲よ。私の生きている限り手を差し伸べてあげるわ。
但しその手を取るかどうかはその姫次第ね。」
「ふふ…照らしい。でもそれでいいわ。ありがとう。ねえ照 生きている限りって照はどのくらい生きるの?」
「さあ?それはあなた方次第ね。」
「え?」
「私たちは人間の心によって成り立っている。だからね信じなくなったら、必要とされなくなったらそれが”死”なのよ。」
「そうなの…。」
「ええ。喉渇いてない?何か飲む?」
「大伯?…大津の元に逝ったのね。」
一陣の風が吹き抜けた。
大宝元年12月27日 大伯皇女 薨去。
歴史書には簡単にそう記される事になる。
そして此処から斎王と姫神との秘かな交流が続いていくことは史書には記されない事であった。
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後書き
やっと終わりました(;・∀・)
この天照大御神と歴代斎王との交流が初代斎王の大伯皇女との”約束”と”友情”であるという事を最初に書いた方がいいかなと思い本作品が出来ました。
今思えば、初代を後にしても良かったなとか思います(;'∀')
なぜか歴代斎王(短編が幾つか)を助けてくれる華やか姫 実は昔------的に持って行っても良かったな~って(;^_^A
何はともあれ一区切りつきまして、ほっとしています。
楽しんで頂けたら幸いです(*- -)(*_ _)ペコリ
コメントや拍手頂けたらもっと嬉しいですヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
「…何を差し出せる?」
「え?」
「願いには対価が要るの…。それに見合う、ね。」
その瞬間、大伯は照の眼差しに雷光を観た気がした。
決して揺るがない、世の理(ことわり)を説く神の姿-。
「な…に…でしたら、いいのでしょうか。」
彼女は思わず敬う口調になっていた。
(霊力、髪くらいしか思いつかない…!身分は…多分意味を為さない!)
そんな巫女姫の思考を読んだかのように、天照大御神から言葉が紡がれた。
「それでいいわ。」
咄嗟に反応して髪を切る道具を探そうとするが見当たらずに焦る。
「一人じゃ綺麗に出来ないでしょ。後で側付きの者にやって貰いなさいな。」
「でもっ早くしないと…!」
「大丈夫よ。私達の仲じゃない。”後払い”でもいいわ。」
そうして目を閉じ、何処かに意識を飛ばしている照を見守るも哀しそうな顔をして此方を見てくる姿に嫌な予感が募る。
「拒否されたわ…。」
「拒否!?」
「その対価だと出来る事は限られる。”大津皇子”のままでは死が待つのみ。だから彼に”名”を捨てさせて生き永らえさせようとしたの。」
「ああ、そうなるのね。」得心した。
「でも拒否って…?」
「そのままの意味よ。これは名を捨て身分を捨てるという事だからその対象が”諾”してくれないと成り立たないの。」
確かに幾ら策や術を弄しても、本人が名乗ってしまったら終わりである。
「そんな…!」
(失敗した。大津が此処に居た昨夜願い、そして私自身が大津を説得するべきだった…!)
「今から追い掛ければ!」
「無理よ。相当な強行軍で移動している。…それに斎王が無断で宮を出たら益々事態は悪化するのではなくて?」
「っッ!!」
”父が天皇、母が皇女、姉が斎王、それが私の誇り。それを奪おうというのか”照が聞かせてくれているのか、大伯の頭に直接、弟の声が響く。
「照…。」
「ええ、これが貴方の弟君の言い分よ。名を取るか、実を取るか どちらが大切なのかは人によって違うのでしょうけれど。」
どちらも大事。けれど けれども。
(死んでしまったらおしまいなのよ!大津!!!!!!!!!!!!!!!!!)
脳裏に小さい頃亡くなった、母の姿が過る-。
例え公に会えずとも、ひっそりとでも生きてくれた方が身内にはどれだけ嬉しいか-。
照の力を借り、直接大津へ語りかけるもついに弟は頷かず、数日が過ぎた。
だがその数日が命取りになった。
「…大伯、もう繋げないわ。」
「え?どうしてっ!?照!」
「…もう息をしていない…。」
「…え??」
嘘よと言いつつ、照がそのような偽りを言うはずがない事も分かっている為、彼女は混乱の極致であった。
否、ただ現実を受け止めたくなかった。頭を振り、必死で抗っていたとも言える。
その瞬間、凄まじい雷光が大空を覆った。
(本当、なのね。)
ついで、ふらりと彼女の身体は傾いで倒れたのであった。
皇后は、伯母は電光石火の如く、甥を葬り去ったのであった。
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後書 今回”雷光”で女神たる照姫の神々しさや畏怖
後に持統天皇となる皇后の素早い政治的判断を表現してみました。
いよいよクライマックスに近づいてきましたヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
大津のどんな嘆きも愚痴も受けとめよう。
そう決意した大伯だったが弟皇子は遂にそのような事を口にしなかった。
「この花は昔母上が好きでしたよね。姉上も好きかと思って道すがら摘んで参りました。」
「ありがとう、大津。嬉しいわ。」
「そう言えば昔、この花と果物を取りに一人で出かけたら後で、皆にこっぴどく叱られました。」
「当たり前よ。母上はそれは心配されていたのだし、私もそうよ。舎人達総出で探していたのだから。」
「私としては、ほんの少し外に出てただけのつもりだったのですが、気がつけば暗くなってて驚いたものです。」
「だからほんの少しではなかったの。昼に気付いて夕暮れになっても帰ってもこないし。まったく、もう。」
「いやあ。あはは。」
ただひたすら昔話を楽しそうに語り、翌朝都へ向けて出立した。
(大津…。貴方、もしかしてもしかすると、覚悟しているの?)
死という言葉を無意識に避けた皇女だが、見送りながら視界が滲んで、はらはらと涙が零れていった-。
ずっと立ち尽くしていると、朝焼けの美しさが眼に、心に沁みる。
「わ、わが背子を大和に遣るとさ夜ふけて・・・あ、 暁(あかとき)露にわが立ち濡れし」
(私の愛する人を都へやるために見送って,夜明けまで立ち尽くしていたので,私の裳裾は朝露に濡れてしまった-。)
大伯皇女は涙声で思わず歌を詠んでいた。
濡れているのは皇女の頬か、裳裾か その両方か-。
そうして泣いて 泣いて 泣いて どれ程時が経っただろか、其処には親友が側に居てくれた。
「貴女…。大丈夫、じゃないわよね。」
「照。」
「大伯、とりあえずお水飲んだ方がいいわよ。声がかすれているわ。」
「ん。美味しい。」
「でしょう?我が一族に伝わる泉の湧き水だから。」
「ありがとう。美味しい…美味しいわ。本当に…。」
「生きているって尊いことよね…。」
「大伯…。」
「照、お願いがあるの-。」
「私に出来ることならば。」
「貴女にしか出来ないわ、照姫。いいえ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)-。」
大伯は、吹っ切ったように頭を上げ、照に今まで告げなかった彼女の真実であろう真名を口にした-。
鳥の濡場色の豊かな黒髪に紅い唇 まるで太陽のような華やかな姫君。
であるのに、斎宮寮に誰一人として気付かれないで斎王たる彼女の前に現れる-。
(ずっと前から疑問に思っていたの。だって全然美貌が変わらない。舎人や巫女たちに気付かれずに会いに来る。)
それだけではない。
物静かで知性派な弟と元気過ぎるくらい元気な末弟。
双子の弟たちの話は、そのまま月讀命(つくよみのみこと)と建速須佐之男命(すさのおのみこと)ではあるまいか。
そして、まるで自身が見たかのように話す、小碓皇子こと倭建命(やまとたけるのみこと)、倭姫命(やまとひめのみこと)が決定打であった。
(でも初めて出来た親友を失いたくなかった。大事だった。)
(人の身で神の名を口にしていいものかどうか分からなかった。)
(でも大津を、たった一人の弟をこのまま見殺しになんて出来ない!)
友情、神への畏怖、弟への愛情で大伯の胸は嵐が、激情が駆け抜けた。
(間違いない。照は天照大御神(あまてらすおおみかみ)-。)
(お願い、大津を助けて!)
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後書 遂に今回照姫の正体が明らかになりました。
ヒントありありだったので事前に気が付かれた方多そうですが…如何でしょうか(;'∀')
拍手やコメント頂けるととても励みになりますヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
「お久し振りです。姉上。」
弟:大津との再会は突然だった。
朱鳥元年9月 父が崩御したと伊勢にいる彼女の耳に届いた頃、前触れもなくやってきた。
「大津…!!!貴方どうして!?」
天皇の葬儀が延々と続いている大事なこの時期に、身内でさえ来てはならぬこの神聖な地に参るとは…!!!
皇太子ではなかったといえ若くして政治にも参加している皇子がやるべき事ではない。
けれど。
「会いたかっただけです。姉上に会いたかっただけなのです。」
何かを飲み込んだような顔でそう返す弟にそれ以上は責めるような言葉は言えない。
「そう。何年ぶりなのかしら。大きくなって。顔をよく見せて…。お祖父様に似てきましたね、大津。」
「自分では然程と思わないのですが、そうですか?」
「ええ。」
「…姉上こそ、微かに覚えている母上にそっくりです。」
弟の様子から察するに都は、大伯皇女が想像するよりも切羽詰まっているらしい。
有馬皇子、大友皇子-!
権力争いに敗れ殺されたり自死したかつての皇族の名前が浮かんでは消えていく-。
旅疲れもあるだろうからまた明日話を聞こうと思い、取りあえず秘かに用意させた寝所に弟を案内してから夜の斎宮をひっそり歩く。
「文読んだわ。」
篝火に照らされた黒髪が艶やかな照姫が其処に待っていた。
「いつもながら見事ね。」
この十数年 斎宮を警備する舎人や下働きの者にすら存在を気取られず、いつもこっそり来ては帰っていく。
(こんなに艶やかな美女なのに、存在感を消してしまえるなんて、凄いとしかいいようがないわね。
体術でも嗜んでいるのかしら?)
「ごめんなさいね。こんな夜半に呼び出して。」
「いえ、いいのよ。大体分かっているから。天皇の崩御よね?」
「ええ。」
「より正確に言うならそれによる政治状況の変化。情報は仕入れてきたわ。」
流石この辺り一帯を取り仕切る一族の長姫。
「結論から言うとかなり不穏な空気よ。周りの豪族は以前の乱と同じくどちらに味方するかで紛糾しているわね。」
草壁皇子が皇太子となり、一応は決着した後継者争いだった。
だが血統的に同等の大津が朝廷の政治に参加した事により、その皇位継承が半ば白紙化した事を意味していて皇后側がかなり警戒し、臣下や地方も固唾を飲んで成り行きを見守っているらしい。
「そんな事に…。」項垂れるしかない彼女である。
「「似ているわね。」」二人の声が重なった。
皇女の思考は過去に巡る。
かつて壬申の大乱の際に、味方が集まらなかった父は当初かなり苦戦した。
真っ先に指示してくれたのが、この伊勢だったのである。
その後、彼の軍勢は一気に数万に膨れ上がり、その勝利へと繋がった。
すなわち、壬申の乱の勝利は伊勢神宮のご加護であったのだと信じられ、それ故に大伯皇女自身が斎王としてお仕えする事になったのだ。
権力争いで追われた皇子が伊勢の地へ。
神の加護を我が方に引き入れようとしている-!?
(確かに私は伊勢の斎王。でもそんな権限はない。)
今の斎宮は朝廷側の人間で固められているし、大伯自身の霊力も然程高い方ではない。
(大津は助けを求めているのかもしれない。出来るなら助けてやりたい。でも何もしてやれない。)
しかも此処に来たことが却って反意ありと見做されても可笑しくない。
祖父譲りの政治力を持つ、最高権力者の皇后が其れを見逃すだろうか-!?
(保護者であった父上はもういない。)
「あの時と情勢が違う。父は吉野に逃れる前、長年朝廷で働いてきた実績があった。だから伊勢の豪族が味方してくれた。でも…。」
父が政治への参加を認めたならば、大津には才覚はあるのだろう。
だが時が圧倒的に足りない。何かを為すには、信用を築くには絶対的に必要なものが弟には与えられていなかった。
「ああ、そちらの”似ている”なのね。」
「え?照は違う事を思い浮かべたの?」
「私が思い浮かべたのは、小碓皇子よ。」
「?」
「倭建命(やまとたけるのみこと)の方が通りがいいかしらね。」
随分昔の話をすると疑問を顔に浮かべた皇女に照姫は語り出す。
西征から還ってすぐに、軍兵の補充もないまま今度は東征を命じられた倭建命(やまとたけるのみこと)が
失意のまま、五十鈴川(いすずがわ)のほとりにある磯宮(いそのみや)に住まう叔母・倭姫命(やまとひめのみこと)の元を訪ねた。
「父上は私が死んだらよいと思っておいでなのか。」
身体も心もぼろぼろになり、嘆く若い甥の気持ちを思うと倭姫の胸はきりりと痛んだ。
(兄上も酷な事をなさる。老いた自身に取って代われられると思うてか。)
彼女はせめて、皇子の身を守る為にと、神宝・草薙剣(くさなぎのたち)を手ずから与えてくれたのだった。
霊力を込めたそれは火攻めにあった時、見事に役に立って、持ち主を救ってくれた。
「ね?最高権力者に睨まれた優秀な皇子。身内の斎王に助けを求めてくる-。第三皇子ってとこまで同じだと因縁めいてるわね。」「確かに…。でも随分昔の話、良く知っているわね。」
大伯は伊勢へ赴く斎王として口頭で教えられたが、皇族でも知らない人がいる歴史 である。
(その内、歴史書として編纂したいと父上は仰っていたけれど。)
「あら何言っているの?私が知らないわけないじゃない?」
あっけらかんと言い放つ照。
確かにこの地方を治める一族の姫なら語り継がれていても可笑しくない。むしろ自然ですらある。
「特に倭姫は、宇陀(うだ)近江、美濃を巡り、最後に伊勢の国に磯宮…今の斎宮を建てた行動力のある姫様じゃない?私好きよ。」
「本当に良く知っているわね。」皇女はほとほと感心した。
「話を戻すわね。似ているでしょう。…救いを求めてきたのね。」
だがそうやって窮地を脱したかの皇子でさえも、結局は父帝の無理な要求に病没している。
(どうしよう。都の様子が肌で分からないにせよ、暗い未来しか見えない…!!!)
「でも私には何の力もない…!!!母上さえ生きて下さっていたら…!!!」
無力さに思わず今まで口にしなかった事を言う。
そう、姉弟の母 大田皇女は皇后の同母姉。
生きてさえいたら、皇后になり、その所生の大津の立太子はほぼ確実。
「どうしたらいいの…!!!」
「話を聴いてあげる事よ。」
「でも!」
「小碓皇子もね、別に倭姫に兵士を貸して欲しいとかそういう理由で訪れたんじゃないわ。
ただ魂の叫び つまり、嘆きや怒りを誰かに聴いて欲しかったのよ。
そういう意味での”助け”を求めているのだと思うわ。」
「それかただ身内の顔が見たい 声が聞きたいって言うだけかもしれないわ。
それだけで安心するもの。」
実質的な助けは出来なくとも精神的支えになる事は出来るという照に励ましに明日沢山話を聴いてあげようと深く頷く大伯であった。
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後書 今回一気に時間が進み、天武天皇崩御です。
そして色々溜まりかねて、斎王の姉の元に行ってしまう大津皇子でした。
それとリンクして悲劇の皇子s編でもあります。
拍手やコメント頂けるととても励みになりますヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
都からの便りにはいつもと違う事が書いてあった。
「大津が妻を…。」
「浮かない顔ね。可愛い弟が妻問いして淋しい?」
何でもない事のように、大伯の顔を覗き込む照は、明るく問いかける。
だがその眼差しには自身に対する気遣いを感じた大伯はふっと微笑んだ。
ここ数年の付き合いで、春は花、夏には海や湖、秋は紅葉、冬は雪山で一緒に楽しんだ二人は気付けば親友になっていた。
「いいえ。あの子が大人になる一歩だもの。…いえ少し淋しいかしら…。」
(たった一人の同母弟がね。)
物理的に離れているのもあるが、通常ならば姉の自分が先に夫を迎えているはずだったので余計寂寥感を感じてしまう。
あの小さかったあの子が、的な母にも似た想いもある。
「いずれは通る道だしね。って大伯、まだ心配そうな顔している!大丈夫よ。皆やっている事なんだから。」
「お相手は誰なの?って言われても私、分からないかも。」華やかに笑いながら言う照。
「山辺皇女。私の叔母よ。」
「また浮かない顔してない?何か問題でもあるの?その姫様。」
「いいえ、ないと思うわ…本人には。というより然程知らないの。」
山辺皇女の父は祖父帝だが、母は蘇我常陸娘。
同じ蘇我一族であるが蘇我倉山田石川麻呂を祖父に持つ彼女とは系統が違う為、季節毎の行事くらいでしか会った事はない。
「”本人には”ないって…周りにはあるの?母親とか?」
(流石、照。鋭いわね。)
母を亡くして一族の長姫として、色々任されている彼女は大伯と似たような政治感覚を持っていた。
「祖父よ。」
「祖父?母方の?」率直に疑問をぶつけてみる。
「ええ。蘇我赤兄。祖父の元で左大臣にまでなったのだけれど、父が即位する時の争乱で流罪になったわ。」
「あらら。まあ叔父と甥が争うとそういう事もあるわよね。」
皇族の権力争いは、結局身内同士なので敗れた側だけでなく、勝者側であろうとも縁戚が犠牲になったりすることも珍しくない。
「それくらいなら、まあ残念だけどよくある事じゃない?せっかくだったらその壬申の乱で功績のあったしっかりした皇族か豪族の娘が良かったでしょうけど。」
「そうね。ただ蘇我赤兄って私達の祖父が没落したお蔭で、出世した面があって…叔母様である皇后が嫌っているのよね。」
(皇后が嫌っている一族の姫を妃にして大丈夫かしら?)彼女の心配は其れである。
「頭の良い女性に嫌われるタイプの策略家、とか?」
「らしいわ。照って凄い直感鋭いわよね~。巫女姫みたい。」
「あら斎王に言われるなんて。」
その数カ月後-。
大津とほぼ同時期に皇后の一人息子である異母弟 草壁皇子は阿閇皇女、異母兄 高市皇子はその同母姉の御名部皇女を娶ったと都からの知らせが斎宮内に届いていた。
後継者として有力な三人の皇子の結婚が決まったとの事で神への報告と言祝ぎをしながら、大伯は思案の海を漂っていた。
(阿閇皇女は、母が蘇我倉山田石川麻呂の娘、姪娘で蘇我一族の中でも同系統。美しくて賢くて叔母様のお気に入り-。)
十市皇女と共に伊勢神宮に参拝した時のかの皇女を思い出しながら、思考を続ける。
母方の縁が強い 中でも最もお気に入りの娘を自身の息子に、味方にしたい高市皇子には、その姉を娶せる。
引き換え、大津は同じ皇女とはいえ、流罪になった蘇我赤兄の孫娘が妃。
おまけに、生母の常陸娘も病気がちと聞き、後見がないも同然である。
(皇后はこの婚姻によって将来に備えているのではないのかしら…。)
あの深慮遠謀な叔母のやる事全てを見抜けるわけではないが、嫌な予感が拭えない。
”姉上に似ています”
文の一文を思い浮かべる。
大津は今回の婚姻がそのような影響を及ぼしている事に気付いていない。
(味方を得れなかったのは痛いけれど…却ってこれで敵対する意思はないと思ってくれたらいいのだけれど、そんなに上手くいくかしら。)
大伯の嫌な予感はその夜、なかなか脳裏を離れてくれなかった。
-そして残念ながらその予感は時を経て、的中する事になる-。
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後書 今回はお題が『婚姻』です。
自身に相応しい身分と好みだけで妻を決めた大津皇子と将来的な勢力図を考えて最もライバルになり得る高市皇子を自分の陣営に引き込んだ鵜野皇后。
歴史小説っぽくなってきました~( ´艸`)
大伯皇女が終わらないと歴代斎王のお話が書けないので、ちょっと頑張りたいです💦