天泣(てんきゅう)
天泣(てんきゅう)-上空に雲がないのに降る雨のことを指し、雨を涙と喩えた呼び方である-。
それは会議前の資料準備中であった。
「園子様。こちらを拡張してしまうと、日本の事業に影響が出てしまいます。」
「・・ああそうね。もう少し視野を広く持たないと・・。」
視野の狭さと数字が園子の弱点だ。
数字は秘書や部下たちに任せられる面もあるが、視野の広さは経営者には絶対に必要なものである。
「あら?雨?」
「晴れなのに・・・。」
「天泣ね。」園子はぽつりとそう呟くと、過去に想いを馳せた。
高校3年のあの日。
親友の恋を一区切りさせるつもりで、失恋すると分かっていながら、恋人のいる新一に告白するよう背中を押した。
前にも後ろにも進めなくなっていた親友への手助けのつもりだった。
選択とは難しいもので、良かれと思ってしたことが裏目に出たり、善意で選んだものが不幸を招いたりすることもある。
この時のそれが正にその最たるもので-最悪な結果となった。
(まさか阿笠博士と木下フサエさんだけじゃなくて、新一君と宮野さんの結婚式までやるとは、ね。)
晴れなのに雨が降る-天泣-を観て思い出したのは、その時の蘭の顔だ。
ごっそりと感情が抜け去った無表情-。
嬉しい時に笑い、悔しい時に怒り、悲しい時に泣く感情豊かな親友のそんな顔は初めてで、1回きりだった。
あの時、晴れているのに、静かな細い雨が降っていたのだ。あの修羅場でよくそんなことに気づけたなと思うけれど。
(代わりに天が泣いてるようだって思ったのよね。)
だから園子は今でも天泣は好きではない。
「天気雨ですね。」
「狐の嫁入りですね。」
秘書と部下が口々に言う。
「え?天泣じゃないの?」
「ああ、そうとも言いますね。地域によって違います。沖縄県では同じ現象を方言で「ティーダアミ」と呼んでいるらしく、太陽雨という意味だそうで、言い方カッコよいですよね。」博識の秘書の影に、聡明な幼馴染をふと思い出す-。
「あっ虹が出た!狐の嫁入りって感じでウキウキしますよね!」
「…狐の嫁入り…」
(あの時、虹が出ていたっけ?)
過呼吸になってしまった蘭に意識が向かっており、記憶が朧気だけれど、虹が掛かり更に結婚式が盛り上がった声が背後で聞こえていた気がしてくる。
絶望の淵にいた親友が可哀そうで、それどころじゃなくて、賑やかな声が却って鬱陶しくて記憶の底に沈めてしまったけれど。
(蘭の事が気がかりだったにせよ、今思えば新一君におめでとうの一言も言ってなかったな…。)
彼だって大事な幼馴染なのに、と自分の当時の視野の狭さに嫌になる。
(面と向かっては言えなくても、結婚式の日に言えなくても、手紙とか電話で伝える手段あったのに。)
二人とも大事な幼馴染。なのに、園子は蘭に比重が偏り過ぎていた と今になって思う。
(ごめん。新一君、おめでとうの一言も言ってあげられくて。)
それは多分蘭だけでなく、園子も新一の結婚を受け入れられなかったからだ。
園子は僅かな可能性で元鞘に戻ることを期待していたし、蘭も多分そうだろう。期待値は園子より高かったかもしれない。
(蘭は多分無意識で、志保さんと別れて自分のところに来るのを期待、してただろうな。)
良い子だから略奪は考えないだろうが、無意識下で恋の計算はしていたように思う。
新一と蘭の絆はそれだけ深かったし、彼が彼女に甘く優しかった過去もそれを後押しした。
組織戦での高揚感 連帯感がなくなった後で日常に戻ってくる彼を受け止める彼女-そんな風に考え、否 切望していたのだろう。
(その期待が結婚という決定打で粉々になってしまったから、あの恐ろしい無表情になった、と思うのよね。)
「すごい大きな虹になりましたね。」「綺麗です。」
「綺麗ね。」
苦手だった現象の思わぬ面を知って園子は笑顔になっていた。
「あっ!もう10分で会議ですね。コーヒーを用意してきます。」
「私は直した資料のコピーしてきます。」
会議前特有の慌ただしさで部下と秘書が出ていって、広い会議室の中に一人きりになる。
園子は立ち上がり、窓を開けた。風と少しの雨が心地よい。大きな虹を見ながら小さな声で呟いた。
「新一君、結婚おめでとう。…今更過ぎるけど、さ。」
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後書 園子視点で一滴の水 蘭編⑥後編を追憶している話です。
天泣(てんきゅう)という言葉を知り、どうしても使いたくなりましたv( ̄Д ̄)v イエイ
そして当ブログでは使う相手は蘭ちゃんになってしまうという・・・ごめんよ、蘭ちゃん。
感情豊かな人が無表情って逆にその衝撃っぷりが分かると思うんですよね~。
ちなみに本小説には出てないですが、、「ごめん、蘭。私が余計な事言わなきゃ!泣きな!蘭、泣きなよ!!」と園子に大泣きされ、その泣き顔とぬくもりにやっとあの結婚式が現実なんだと実感して、鳥が殺される悲鳴のような泣き声をやっとあげれた蘭というのが続きます。(一滴の水 最終章①を読んでみて下さいね(^_-)-☆)
話を戻して…同じ現象でも心の持ちようで受け取る側の気持ちも変わってくる というのも書きたくて挑戦してみました。
そうそう、だから一滴の水 阿笠博士&フサエさん、新一&志保 W挙式は、紅葉が綺麗で且つ虹が出ているという最高のシチュエーションになりました(⋈◍>◡<◍)。✧♡
お読み頂き、ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
皆様に楽しんで頂けたら嬉しいです(((o(*゚▽゚*)o)))
感想コメント頂けたら、もっとHappyです(⋈◍>◡<◍)。✧♡