最近のお気に入り

2016.05.31 19:52|日記
GWにラジオで聞いたAUの「みんながみんな英雄」がとみにお気に入り。
今更感あるかもですが、曲調も好きだし、歌詞も星の王子さまみたいに、深い言葉があるんですよね~
歌詞全部好きだけど、その中でもイイね( ^)o(^ )と思ったのをPICK UP(/・ω・)/

”雨の日もある 風の日もある
たまに晴れたらまるもうけ”

そう、私たちは、つい全部に勝とう(晴れ)と望みますが、雨の日だって必要だし、晴れの天気の良さも倍増しますよね。
仕事をしているから休みの有難みが分かるし♬特にたまに晴れたらまるもうけの考えが好き!

”向かい風でも つむじ風でも
寝転んでしまえばそよ風”

辛い時に抵抗をやめちゃえば楽になるっと主張した本を読んだ事あるのですが、それがさらりとここに!!
至言だと思う。

”空見れば 星がある
夢見れば 虹がでる
誰も 彼も どんな人も
あたらしい世界をもっている”

自分の世界が広がる感じのロマンがある歌詞♡

5月最後の日にお気に入りの歌詞で記事してみました~
これ聞いて来月もふぁいと-!プラス皆様の心もほっかりするといいな と願っております (≧▽≦)
ちなみにキャラでは乙ちゃんが好き あの普段は接客業風のお姉さんなのに、時々ドスのきいた声になるオトコマエっぷりが最高(笑)

報徳二宮神社

2016.05.30 20:55|歴史
小田原城内には何とかの有名な二宮尊徳(公文書では、金次郎、自筆は金治郎)が祀られた神社があります。
報徳二宮神社 1

報徳二宮神社 2

<積小為大>
再三にわたる酒匂川の氾濫で田畑を流され、家は没落し、過労により両親は亡くなり、兄弟はばらばらに親戚の家に(´;ω;`)ウッ…
毎晩勉強していた金次郎は、読書をするための油代を稼ぐために荒地に菜種を植え、たった一握りの菜種から7〜8升の取り入れになった経験や、捨て苗を荒地で丹精こめて育てて、秋には一俵の籾を収穫したことにより、自然の恵みと人の力の素晴らしさを知 ると共に、小さな努力の積み重ねが大切(積小為大)だと学び、これが後の行いや考え方になったそうです。

そして24歳で家を再興させたのですが、その見事な手腕に現代で云うところの地域再生を任され、これを見事成し遂げるのです!!
(実は当時重い年貢に耐えかねて土地を捨てる農民が多かったのです。)
江戸時代の地域再生スペシャリスト!!
現代にも欲しい経済活性化の専門家ですよね~ とお詣りしたところで丁度 旅がタイムアップ(笑)
タイムリー過ぎるとちょっと笑ってしまいました。でもお詣り出来て良かった(≧▽≦)

近くに報徳博物館もあったそうで、次回是非是非見たいです。

小田原城③天守閣

2016.05.29 21:21|歴史
そしてやっと天守閣(≧▽≦)
小田原城 4

小田原城5

中は丁度GWに合わせての改修工事終了後のリニューアルオープンだけあって綺麗でしかも展示が素晴らしい~><
有名な戦国時代の北条市1代目北条早雲から5代氏直までの肖像や治世の内容などが細かく載ってました。
象徴的だったのが、中世においては先進的だった北条も更に近代的になった秀吉軍には兵力・兵糧の面でも叶わなかったという点で戦国末期における、有力大名が滅びていった過程(今川義元 情報戦の弱点を突かれ戦死 でも実は次の将軍は彼と言われるほどの手腕だった 息子の代で滅びたと言っていいほど弱体化するが一応高家となり生き残る
/武田勝頼 父:信玄よりも領土を拡大するが銃器や世の流れ・外交に失敗し滅亡 彼が領主ではなく陣代(代理)であったことも大きい)
戦国末期になると、世の流れが経験よりずっと早くなって、今までならこれでOKで時代の先を走っていたのが既に遅れた手法だったりするんですよね~
しかし今書きながら思ったのですが、武田勝頼の最後は、ご夫人の自害までもかなり有名なのに
今川氏真の人生って今川が弱体化するあたりで、もう影が薄いってか小説とか漫画でも見た事ない。
・・この違い何故だろう?
戦に弱く流転しまくったというのなら、織田信雄だってそうなのに・・彼一応 信長後継者争いとか小牧・長久手の戦いでは名前出てます。

あれ?小田原の話なのに💦 戻します。
そんな感じで土地を治めるための「虎朱印」、美術品なども展示され、江戸時代の小田原城の足跡も書かれています。
そして最後は天守再現です。
摩利支天像の安置空間を再現していて厳かな感じでした。


小田原城②銅門

2016.05.28 21:14|歴史
次は住吉橋を渡った後の、銅門(あかがねもん)です。
小田原城 銅門2
小田原城 銅門
文字通り銅板が目立つ門です。
しかしこういう大きいお城って門がいくつもあり、更に常盤木門という本丸の正門があります。
やはり枡形門でそばにある巨松になぞらえてこの名が付けられたと言われています。

小田原城①馬出門

2016.05.27 21:07|歴史
さて箱根美術鑑賞の旅の最後は、新幹線の小田原駅近くの小田原城です。
まずは馬出門!
小田原城 1
小田原城 2
土塀を周囲へ囲む桝形門の構造です。
馬屋曲輪へ通じる事からこの名前が付いたとされます。
周りはお堀ですので、ここで軍勢とか区切られる気がします。
・・・何だか熊本城も似たような作りがありましたね~桝形にして侵入経路を狭く一気に雪崩込めないようにする。
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30代OLが歴史・節約・日頃・二次小説のことを書き綴っています。 コメント大歓迎★ ですが、宣伝や本文に何も関係ないもの もしくは激しく不愉快、コピペ等、そういった類は、私の判断により 誠に勝手ながら削除の方向です。楽しく語りたいです♪ 二次創作小説もありますが、このサイトは個人作成のものであり、原作者・出版社とは一切関係がありません。私なりの解釈を加えた二次小説もございますので自己責任でご覧になって下さい。

雪月花桜

Author:雪月花桜
タイトル通り歴史大好きな女がブログしてます。
歴史を元にした小説なんかも大好きでそれらについても語ったり、短編なんか書いてみたいです。
現在それ以外でも二次小説をupしておりますし、OLなりの節約・日々の徒然を語っています。

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