夏旅行② 岩村城下町木村邸

2017.08.08 20:20|歴史
それでは昨夜の続き、明知鉄道で極楽駅下車した後です。
また少しバスで揺られ辿り着いたのは岩村。

1185年(鎌倉時代)に築城された岩村城が有名でしたが、今ではその面影として残っているのは、六段壁といわれる石積み。
標高717メートルという日本有数の高所に築かれたこのお城は、季節を問わず霧に包まれることが多いため、別名「霧ケ城」。
女城主としても有名で、織田信長の伯母であるおつや(漢字は艶とも直とも言われている)の方が,遠山景任に嫁ぎ、夫亡きあと、
まだ幼い養子(信長の五男 御坊丸)に代わり女城主として采配を振るいました。
その後、武田方の秋山信友(虎繁とも伝わる)と交戦後、信長の援軍も一揆などで来れずに城兵や領民を守るために秋山信友と結婚しました。
しかしその際、養子の御坊丸が人質として甲府へ送られてしまいます。
この為、甥の信長により憎悪され裏切者扱いされます。
後に長篠の戦いで武田と織田の勢力図が逆転した後、織田軍に攻め込まれ、磔にされてしまったのがこれが原因と言われています。
ちなみに伯母と言えど、信長より年下です。
織田家の美形家系なのか最後が悲劇故なのか、お市の方と同じく絶世の美女で聡明で領民に慕われていたという逸話があります。
今迄殆ど資料に出てこなかったのですが、秋山信友との間に産まれた六太夫という男児がいると言われています。
1573年に生まれたと言われ、織田氏による岩村城落城前に落ち延びて、瀬戸内海の村上水軍に仕えていたらしく子孫の方がおつやの方が六太夫に持たせた観音像をテレビで見ました。歴史秘話ヒストリアです(∩´∀`)∩

今回その城跡に行く時間はなかったので城下町を散策してきました。
4百余年の歴史を持ち、現在にいたる城下町です。現在の本町通り(旧上町、中町、下町)に面する両側の町並みは江戸時代から続くとの事。
上町には職人が、中町や下町には商い屋が並んでいたそうです。
平成25年2月には電線地中化が終り、現在でも風情ある街並みでした。

その中でも無料とは思えぬ見応えがあったのが此処。木村邸!!
木村家は江戸時代中期から末期に栄えた問屋で、藩の財政困窮のたびに御用金を調達してその危機を救っていたそうです。
それゆえ、藩主より特別な存在として認められ、藩主自身が幾度となくこの木村邸を訪れたといわれています。(当時、藩主が領民の家を訪れるなどということは異例なこと。)
藩主が訪れても遜色ない茶室やお庭などが家の格式の高さを示しているよう。
木村邸 1
木村邸 2
木村邸 3

ツボだったのが手動のエレベーター(ただし運べるのは桶に入れれる物だけ)(゚Д゚;)
木村邸 4

上から下眺めると・・・た、高くて怖い( ノД`)
木村邸 5

地元のお祭りで使う衣装w
木村邸6
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雪月花桜

Author:雪月花桜
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