一滴の水 最終章④
駅前近くの公園で遊ぶ蒼君と美保ちゃんを見守りながら、新一と蘭は10年振りに会話をしていた。
1年前に帰国し以前の工藤邸に住んでいるとの事であった。
奥さんとはここで待ち合わせしているらしい。
彼はより大人に、格好良くなっていた。
「元気そうだな、蘭。」
「新一もね。・・相変わらず事件に推理なの?」
「いや、最近はそれほどでもない。執筆の方が忙しいかな。」
「そうなんだ。世界遺産ミステリ読んでるよ。」
皮肉な事に新一と会えなくなってから、蘭は推理小説に興味を持ち、かつて彼が薦めてくれた本や彼自身の著作を読むようになっていた。
きちんと読めば、実は中々面白かった。
どうしてあの頃あんなに推理オタクとか言って馬鹿にしていたのだろう。
(きっと私は新一の一番になりたかったんだ。事件があると置いてけぼりにされてしまっていた。それが嫌だったんだ。)
高校生の頃素直に読んでいれば、二人で感想言い合って築けた関係があったかもしれないのに。
(勿体無い事、しちゃったな。)
「お、サンキュ!」
(笑う顔は変わらないね。)
いつでも蘭を安心させてくれていた彼の笑顔はそのままである。
「組織殲滅作戦の本も読んだよ。」
「そうか。」
「・・ごめんね。」
(やっと言えた。)
「?何がだ?」心底不思議そうに首を傾げる彼に安心と拍子抜けさを感じながら続ける。
「そんな大変な日にデート誘っちゃって。し、・・断られた時、ショックでキツイ事も言っちゃったし。」
思わず知らされなかったから、と前置きしそうになって懸命にその言葉を呑み込む蘭。
(知らないのは事実だけど、新一はちゃんと手が離せないって言ってくれたもの。)
それに後から思えば、待ち続けた日々にいくつも手掛かりがあった。
(事件だからって今まであんな風に雲隠れした事はなかった。俺が係わった事を言わないでくれと頼んだ事もなかった。)
その意味するところは、身の危険があるという事。
ちょっと考えれば分かったのに、考えようとも察する事もしなかったのは、出来なかったのは蘭自身の怠慢だ。
(新一があんまり普通に電話してくるから、そんな事想像もしなかった。)
きっとそれは蘭に心配させまいといつも通りに会話していた彼の心遣いだったのだろう。
(大人になったら子供の時には見えないものが見えてくるってこういう事かな。)
「そんなの気にするな!俺が知らせてないから、蘭は知らなくて当然だよ。」
笑いながら言う新一の姿が、ぼやける。
皆から否定された蘭の主張が他ならぬ本人により肯定された嬉しさで、涙が眼に溜まり始めた。
(泣いたらダメ!まだ言う事残ってるんだから!)
彼女はゆっくりと眼を瞬いた。
「そっか。良かった!それが心残りだったの。」
「何だよ、心残りって。」大袈裟だな、と肩を竦める新一。
「あとさ、新一、ロンドンでの事覚えてる?」
(もう、告白の事言おうと思ったのに!!)
どうして彼の前では、素直に言えないのだろう。
ロンドンでは範囲が広すぎる。ロンドンでの”告白”と言わなければ。
「・・ああ、勿論覚えている。あれは俺の人生初の告白だからな。」
「・・・っ!!」
なのに、新一はいともたやすく、蘭の言いたい事を読み取り、掬いあげてくれた。
(そう言えば、そうだった。新一はいつも私が素直になれなかったりしても、読み取ってくれてた。
拗ねたり怒ってたりすると、願いを聞いてくれた。)
いつも素直な蘭が、天の邪鬼になるのは相手が新一の時だけで、それは彼女の実の両親の姿に似ていた。
喧嘩しても謝るのは、ほとんど彼の方からだった。
(私、新一にひたすら甘えてたんだ。新一なら私の気持ちを分かってくれる、願いを叶えてくれるって。)
それでも彼が組織に命を狙わるまでは、彼自身も子供だった事、好きなものに没頭すると家事を疎かにするという欠点があり、その点を蘭が補っていたから、二人は上手くいっていたのだろう。
精神的に彼が蘭より大人でも立ち止まって、笑って手を差し伸べてくれる余裕もあり、二人の立ち位置の距離の差もその程度しかなかったのだ。
(行方不明の間に元々私より大人だった新一は、すごい速さで本当の”大人”になったんだね。)
そして二人の歩調は完全に合わなくなったのだ。
「うん。あの時の告白ありがとう。すぐに返事しなくてごめんなさい。あの、あのね・・。」
胸がドキドキする。初めての自分からの告白。
「うん?」兄のように見守る彼の顔。
「私も新一の事が好き。」
「・・・っ!!」
やっと言えたと安堵の息をつくと、眼を見張った彼の驚きの顔があった。
妻子持ちの彼を困らせるつもりはない、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「ーだったよ。だから待ってた、待ってたの。」
「ああ、知っていた。」
「・・・っ!!」
(知ってたなら、どうして宮野さんのところへ行っちゃったの!?)
(どうして私じゃないの!?)
(ずっとずっと側にいたのは私なのに。)
その言葉を聞いた時、蘭の中で怒涛の如く、様々な感情が瞬間的に湧きあがり、そして突如消えた。
「そっか。えへへ。」照れ隠しに笑ってみる。
あの頃両想いだと分かっただけで、それだけで嬉しかった。
「知っていた。だから頑張れた。ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。」
「・・・っ!!」
その言葉で蘭は、不安で泣きそうに待ち続けた、あの1年弱の月日が、昔の自分が、初めて報われた気がした。
***************************************************
後書 ”ごめんなさい”と”ありがとう”そして”好き”がやっと言えた蘭ちゃんです。
しかし、良いのか悪いのか、なかなか終わりません^^;あと1・2回ですかね(作者の癖に読めない。)
次話で志保さん 登場。
新一の想いも書く予定でございます(*^^)v
1年前に帰国し以前の工藤邸に住んでいるとの事であった。
奥さんとはここで待ち合わせしているらしい。
彼はより大人に、格好良くなっていた。
「元気そうだな、蘭。」
「新一もね。・・相変わらず事件に推理なの?」
「いや、最近はそれほどでもない。執筆の方が忙しいかな。」
「そうなんだ。世界遺産ミステリ読んでるよ。」
皮肉な事に新一と会えなくなってから、蘭は推理小説に興味を持ち、かつて彼が薦めてくれた本や彼自身の著作を読むようになっていた。
きちんと読めば、実は中々面白かった。
どうしてあの頃あんなに推理オタクとか言って馬鹿にしていたのだろう。
(きっと私は新一の一番になりたかったんだ。事件があると置いてけぼりにされてしまっていた。それが嫌だったんだ。)
高校生の頃素直に読んでいれば、二人で感想言い合って築けた関係があったかもしれないのに。
(勿体無い事、しちゃったな。)
「お、サンキュ!」
(笑う顔は変わらないね。)
いつでも蘭を安心させてくれていた彼の笑顔はそのままである。
「組織殲滅作戦の本も読んだよ。」
「そうか。」
「・・ごめんね。」
(やっと言えた。)
「?何がだ?」心底不思議そうに首を傾げる彼に安心と拍子抜けさを感じながら続ける。
「そんな大変な日にデート誘っちゃって。し、・・断られた時、ショックでキツイ事も言っちゃったし。」
思わず知らされなかったから、と前置きしそうになって懸命にその言葉を呑み込む蘭。
(知らないのは事実だけど、新一はちゃんと手が離せないって言ってくれたもの。)
それに後から思えば、待ち続けた日々にいくつも手掛かりがあった。
(事件だからって今まであんな風に雲隠れした事はなかった。俺が係わった事を言わないでくれと頼んだ事もなかった。)
その意味するところは、身の危険があるという事。
ちょっと考えれば分かったのに、考えようとも察する事もしなかったのは、出来なかったのは蘭自身の怠慢だ。
(新一があんまり普通に電話してくるから、そんな事想像もしなかった。)
きっとそれは蘭に心配させまいといつも通りに会話していた彼の心遣いだったのだろう。
(大人になったら子供の時には見えないものが見えてくるってこういう事かな。)
「そんなの気にするな!俺が知らせてないから、蘭は知らなくて当然だよ。」
笑いながら言う新一の姿が、ぼやける。
皆から否定された蘭の主張が他ならぬ本人により肯定された嬉しさで、涙が眼に溜まり始めた。
(泣いたらダメ!まだ言う事残ってるんだから!)
彼女はゆっくりと眼を瞬いた。
「そっか。良かった!それが心残りだったの。」
「何だよ、心残りって。」大袈裟だな、と肩を竦める新一。
「あとさ、新一、ロンドンでの事覚えてる?」
(もう、告白の事言おうと思ったのに!!)
どうして彼の前では、素直に言えないのだろう。
ロンドンでは範囲が広すぎる。ロンドンでの”告白”と言わなければ。
「・・ああ、勿論覚えている。あれは俺の人生初の告白だからな。」
「・・・っ!!」
なのに、新一はいともたやすく、蘭の言いたい事を読み取り、掬いあげてくれた。
(そう言えば、そうだった。新一はいつも私が素直になれなかったりしても、読み取ってくれてた。
拗ねたり怒ってたりすると、願いを聞いてくれた。)
いつも素直な蘭が、天の邪鬼になるのは相手が新一の時だけで、それは彼女の実の両親の姿に似ていた。
喧嘩しても謝るのは、ほとんど彼の方からだった。
(私、新一にひたすら甘えてたんだ。新一なら私の気持ちを分かってくれる、願いを叶えてくれるって。)
それでも彼が組織に命を狙わるまでは、彼自身も子供だった事、好きなものに没頭すると家事を疎かにするという欠点があり、その点を蘭が補っていたから、二人は上手くいっていたのだろう。
精神的に彼が蘭より大人でも立ち止まって、笑って手を差し伸べてくれる余裕もあり、二人の立ち位置の距離の差もその程度しかなかったのだ。
(行方不明の間に元々私より大人だった新一は、すごい速さで本当の”大人”になったんだね。)
そして二人の歩調は完全に合わなくなったのだ。
「うん。あの時の告白ありがとう。すぐに返事しなくてごめんなさい。あの、あのね・・。」
胸がドキドキする。初めての自分からの告白。
「うん?」兄のように見守る彼の顔。
「私も新一の事が好き。」
「・・・っ!!」
やっと言えたと安堵の息をつくと、眼を見張った彼の驚きの顔があった。
妻子持ちの彼を困らせるつもりはない、慌てて次の言葉を紡ぐ。
「ーだったよ。だから待ってた、待ってたの。」
「ああ、知っていた。」
「・・・っ!!」
(知ってたなら、どうして宮野さんのところへ行っちゃったの!?)
(どうして私じゃないの!?)
(ずっとずっと側にいたのは私なのに。)
その言葉を聞いた時、蘭の中で怒涛の如く、様々な感情が瞬間的に湧きあがり、そして突如消えた。
「そっか。えへへ。」照れ隠しに笑ってみる。
あの頃両想いだと分かっただけで、それだけで嬉しかった。
「知っていた。だから頑張れた。ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。」
「・・・っ!!」
その言葉で蘭は、不安で泣きそうに待ち続けた、あの1年弱の月日が、昔の自分が、初めて報われた気がした。
***************************************************
後書 ”ごめんなさい”と”ありがとう”そして”好き”がやっと言えた蘭ちゃんです。
しかし、良いのか悪いのか、なかなか終わりません^^;あと1・2回ですかね(作者の癖に読めない。)
次話で志保さん 登場。
新一の想いも書く予定でございます(*^^)v