一滴の水 最終章⑤
「知っていた。だから頑張れた。ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう。」
それが新一の偽らざる本音だった。
(何も情報がない上、ただ待つのってきついよな。)
彼は1年前の家族で行った中国旅行を思い出していた。
その時、局部的地震に遭い、携帯は通じないし、情報は入ってこないしで、丁度ホテルにいた妻子の安否が気掛かりで焦燥ばかりが募った。
無論、彼なりに動いたが土地勘がない上に余震であまり動けず、歯痒かった事を今でもありありと思い出せる。
こんな思いを蘭もしていたのかもしれない、と日本へ帰国してからの、何故かここ数カ月ふと思い出す事があった為、すんなり口から出てきたのだ。
確かに最後の方は蘭の独占欲、一方的な誘いに嫌気が差してしまったけれど、途中までは確かに彼女の元に戻る事が目標だった。
待っていてくれる彼女の存在が、元に戻る強い動力にもなった。その点は今でも感謝している。
ただ組織が思ったより強大だった事で長引き、その間に目標が義務に、動力が逆に足枷になってしまったのだ。
最後はあんな形だったけれど、あの10カ月弱の間、蘭が新一を想い健気に待っていてくれた事は事実だ。
復学した時は、蘭の彼氏の存在、些かうんざりしていた事、何より志保に誤解されたくなかった為、今思えばかなり距離を置いていたし、冷たくしたかもしれない。
周辺と自身の安全の為に、組織や幼児化の事を話さなかった。
お互いの恋愛の為に、距離を置いた。
二つとも後悔はしないし、間違っているとも思わない。
あの時も今もそれはそれで正解だったと思っている。だが・・。
(もうちょっと上手くやれていたらな。)
大人になった今思うのは、もう少し上手く立ち回れなかっただろうかという、彼女への配慮を念頭においた、ほんの少しの悔い。
(礼が言えて良かった。)
そう思えるようになったのはきっと今自分が幸せだからだ、と新一は一人でかすかに頷く。
向うからのその幸せの源である妻の志保が歩いて来るのが、遠目で分かる。
こっちだ、と分かるように手を振り、駆け寄った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「志保、荷物持つから。子供達はあそこで城つくって遊んでる。あ、さっき偶然、蘭に会って久々に話し込んでた。」
「あら、ありがとう。そうなの。」
眼の前で交わされる若い夫婦の会話を蘭はぼんやりと見ていたが、ある1点で目が離せなくなった。
(宮野さん、少し太った・・?いえお腹だけ膨らんでる・・??)
「毛利さん、御久し振り。ああ、今ね8カ月なの。」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます!お久しぶりです。」
蘭の疑問を汲み取ったのか、さらりと妊娠中である事を告げる志保に慌ててお辞儀しながら、返事した。
(何て綺麗になったんだろう。)
昔から彼女は美人だったが、あの時はまだどこか硬い印象がしていた。
そう、例えるなら、硬い宝石のダイヤモンド。
(今は何て言うのかな?柔らかくて白くて輝いてる・・真珠みたい。)
(新一に、愛されているんだね。)
それがとても羨ましかった。
嘗て蘭が手に入れたと思っていた、思い込んでいた、新一と愛し愛される関係。
配偶者という立場。彼の子供を産み、今また身籠ってるその柔らかな雰囲気。かつて蘭が憧れた、否今でも欲しいと思うもの。
少し胸がしくしく痛むが、棘が抜けた後のようなもの、と自身に言い聞かせる。
「会えて良かったよ、新一。じゃあ、私そろそろ行くね。お大事に。」
「おう!」「ありがとう。」
二人に向かって頭を下げて、最後に子供二人に手を振り、バイバイと言って蘭は当初の待ち合わせ場所に戻り始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「・・・綺麗になっていたわね。」
「あ?」
「蘭さん。」
「あ、ああ確かにな。」
蘭は大きな瞳はそのままで、英理似の美女になっていたのだ。
「惜しくなったんじゃない?」
少し悪戯気に覗き込む妻の顔を見て、新一は表情豊かになったよな、と思う。
(この台詞も甘えてくれてるって分かるようになったし。)
愛されている事を知っているから、時々少しだけ試すような真似をする去年から出るようになったしぐさ。
それは、愛されている事が実感できるから、悪い事して怒られても、反省してるようでも幸せそうな表情をする子供達を見ているような気分になる。
「バーロー!俺にはお前がいるだろうが。」
「そう。ふふ。」
「で、ベビーリングは良いの買えたのか?」
「ええ。」
「そっか。良かった。でさ、名前なんだけど。」
「ああ、決まったの?」
最初の蒼は志保が、次の美保は新一が名付けた時に、工藤夫妻の間では”男の子なら母親が、女の子なら父親が名付ける”という暗黙のルールが出来上がっていた。
お腹の子が女の子な為、第3子の名付け権は、新一にある。
ちなみに祖父母も、特に有希子が「私も孫の名前付けたい~!!新ちゃんばっかりずるい!!」と駄々を捏ね、一騒動起こしたりした。
(あの時は大変だったぜ。志保もお母様に付けてもらってもいいんじゃない?とか母さんの味方するし。)
思わず遠い目になる新一。壮絶な親子バトルの末、命名権を死守したが些か疲れた、というのが本音である。
「愛」
「え?」
「だからこの子の名前は”愛”な。」LOVEの方な、と笑いつつ言う新一。
「そう。」
お腹を撫でながら、志保はじんわりと温かい気分になっていた。
「志保、プロポーズの時の言葉、覚えてるか?」
「ええ、勿論よ。」忘れるわけなどない、あの大事な言葉。
「そろそろさ、いいんじゃないかなって言うか。達成できたんじゃねえかなって。」
「え?」
「”哀を愛に変わらせてみせる”」
「・・もしかしてそれが名前の由来、なの?」
「ああ。」
「馬鹿ね。」
「え?ダメか?結構自信あったんだけどな。」
いつぞやの遣り取りと全く同じ事をしている事に夫は気付いているだろうか?
(馬鹿ね。そんなの貴方が夫に、家族になった時から私はずっと幸せなのよ。)
ずっとその目標を達成しようと頑張ってくれていたのだろうか?だとしたら何て幸せな事だろう。
少ししょんぼりしている彼に、嬉しさのまま、真実を告げよう。
「馬鹿ね。貴方と一緒になってから私はずっと幸せ。」
「・・・志保!」
ぱあっと顔が輝き、お腹が心配だからか、そっと抱き締める夫の優しい愛情が嬉しい。
「「あーっ!!おとうさんとおかあさん、また二人でラブラブしてる!」」
「ずるい!みほもだっこ!」
気付いたら、砂場で遊んでいた子供達が自分達の側にいたりした。
「しゃーねーな。ほら、美保!」
「わーい!!」
娘に甘い夫は早速抱き上げている。
きゃっきゃと歓声をあげる妹を羨ましそうに、じっと見ている息子の姿が目に入った。
才気活発な娘に比べ、頭は良いが内気な息子は、自分も抱っこして欲しいとは言い出せないのだろう。
こちらに少し縋るような目を向けてくるが、さすがにこのお腹で抱っこしたら危険である。
「蒼。」そう言って手を繋いで、にこりと微笑むと、息子は嬉しそうに笑った。
(ねえ、新一。私、こんなに幸せなのよ。)
みんな、みんな新一、貴方がいるからこそー。
(愛、安心して産まれておいで。)
まだ見ぬ愛しい我が子。
貴女には、私が受けられなかった両親の愛を溢れるほど、注ぐでしょう。
***************************************************
後書 初の新一視点→蘭視点→志保視点 でございます。
真珠のように柔らかく輝く志保さんと二人の娘の”愛”の名前の由来(一人だけ当てられた方がいました!鋭い!!感嘆)
新志のらぶらぶと子供達を書けて満足です(●^o^●)
皆様にもお楽しみ頂けたら、幸いです。
次話の蘭視点で本当のファイナルでございます!
それが新一の偽らざる本音だった。
(何も情報がない上、ただ待つのってきついよな。)
彼は1年前の家族で行った中国旅行を思い出していた。
その時、局部的地震に遭い、携帯は通じないし、情報は入ってこないしで、丁度ホテルにいた妻子の安否が気掛かりで焦燥ばかりが募った。
無論、彼なりに動いたが土地勘がない上に余震であまり動けず、歯痒かった事を今でもありありと思い出せる。
こんな思いを蘭もしていたのかもしれない、と日本へ帰国してからの、何故かここ数カ月ふと思い出す事があった為、すんなり口から出てきたのだ。
確かに最後の方は蘭の独占欲、一方的な誘いに嫌気が差してしまったけれど、途中までは確かに彼女の元に戻る事が目標だった。
待っていてくれる彼女の存在が、元に戻る強い動力にもなった。その点は今でも感謝している。
ただ組織が思ったより強大だった事で長引き、その間に目標が義務に、動力が逆に足枷になってしまったのだ。
最後はあんな形だったけれど、あの10カ月弱の間、蘭が新一を想い健気に待っていてくれた事は事実だ。
復学した時は、蘭の彼氏の存在、些かうんざりしていた事、何より志保に誤解されたくなかった為、今思えばかなり距離を置いていたし、冷たくしたかもしれない。
周辺と自身の安全の為に、組織や幼児化の事を話さなかった。
お互いの恋愛の為に、距離を置いた。
二つとも後悔はしないし、間違っているとも思わない。
あの時も今もそれはそれで正解だったと思っている。だが・・。
(もうちょっと上手くやれていたらな。)
大人になった今思うのは、もう少し上手く立ち回れなかっただろうかという、彼女への配慮を念頭においた、ほんの少しの悔い。
(礼が言えて良かった。)
そう思えるようになったのはきっと今自分が幸せだからだ、と新一は一人でかすかに頷く。
向うからのその幸せの源である妻の志保が歩いて来るのが、遠目で分かる。
こっちだ、と分かるように手を振り、駆け寄った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「志保、荷物持つから。子供達はあそこで城つくって遊んでる。あ、さっき偶然、蘭に会って久々に話し込んでた。」
「あら、ありがとう。そうなの。」
眼の前で交わされる若い夫婦の会話を蘭はぼんやりと見ていたが、ある1点で目が離せなくなった。
(宮野さん、少し太った・・?いえお腹だけ膨らんでる・・??)
「毛利さん、御久し振り。ああ、今ね8カ月なの。」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます!お久しぶりです。」
蘭の疑問を汲み取ったのか、さらりと妊娠中である事を告げる志保に慌ててお辞儀しながら、返事した。
(何て綺麗になったんだろう。)
昔から彼女は美人だったが、あの時はまだどこか硬い印象がしていた。
そう、例えるなら、硬い宝石のダイヤモンド。
(今は何て言うのかな?柔らかくて白くて輝いてる・・真珠みたい。)
(新一に、愛されているんだね。)
それがとても羨ましかった。
嘗て蘭が手に入れたと思っていた、思い込んでいた、新一と愛し愛される関係。
配偶者という立場。彼の子供を産み、今また身籠ってるその柔らかな雰囲気。かつて蘭が憧れた、否今でも欲しいと思うもの。
少し胸がしくしく痛むが、棘が抜けた後のようなもの、と自身に言い聞かせる。
「会えて良かったよ、新一。じゃあ、私そろそろ行くね。お大事に。」
「おう!」「ありがとう。」
二人に向かって頭を下げて、最後に子供二人に手を振り、バイバイと言って蘭は当初の待ち合わせ場所に戻り始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「・・・綺麗になっていたわね。」
「あ?」
「蘭さん。」
「あ、ああ確かにな。」
蘭は大きな瞳はそのままで、英理似の美女になっていたのだ。
「惜しくなったんじゃない?」
少し悪戯気に覗き込む妻の顔を見て、新一は表情豊かになったよな、と思う。
(この台詞も甘えてくれてるって分かるようになったし。)
愛されている事を知っているから、時々少しだけ試すような真似をする去年から出るようになったしぐさ。
それは、愛されている事が実感できるから、悪い事して怒られても、反省してるようでも幸せそうな表情をする子供達を見ているような気分になる。
「バーロー!俺にはお前がいるだろうが。」
「そう。ふふ。」
「で、ベビーリングは良いの買えたのか?」
「ええ。」
「そっか。良かった。でさ、名前なんだけど。」
「ああ、決まったの?」
最初の蒼は志保が、次の美保は新一が名付けた時に、工藤夫妻の間では”男の子なら母親が、女の子なら父親が名付ける”という暗黙のルールが出来上がっていた。
お腹の子が女の子な為、第3子の名付け権は、新一にある。
ちなみに祖父母も、特に有希子が「私も孫の名前付けたい~!!新ちゃんばっかりずるい!!」と駄々を捏ね、一騒動起こしたりした。
(あの時は大変だったぜ。志保もお母様に付けてもらってもいいんじゃない?とか母さんの味方するし。)
思わず遠い目になる新一。壮絶な親子バトルの末、命名権を死守したが些か疲れた、というのが本音である。
「愛」
「え?」
「だからこの子の名前は”愛”な。」LOVEの方な、と笑いつつ言う新一。
「そう。」
お腹を撫でながら、志保はじんわりと温かい気分になっていた。
「志保、プロポーズの時の言葉、覚えてるか?」
「ええ、勿論よ。」忘れるわけなどない、あの大事な言葉。
「そろそろさ、いいんじゃないかなって言うか。達成できたんじゃねえかなって。」
「え?」
「”哀を愛に変わらせてみせる”」
「・・もしかしてそれが名前の由来、なの?」
「ああ。」
「馬鹿ね。」
「え?ダメか?結構自信あったんだけどな。」
いつぞやの遣り取りと全く同じ事をしている事に夫は気付いているだろうか?
(馬鹿ね。そんなの貴方が夫に、家族になった時から私はずっと幸せなのよ。)
ずっとその目標を達成しようと頑張ってくれていたのだろうか?だとしたら何て幸せな事だろう。
少ししょんぼりしている彼に、嬉しさのまま、真実を告げよう。
「馬鹿ね。貴方と一緒になってから私はずっと幸せ。」
「・・・志保!」
ぱあっと顔が輝き、お腹が心配だからか、そっと抱き締める夫の優しい愛情が嬉しい。
「「あーっ!!おとうさんとおかあさん、また二人でラブラブしてる!」」
「ずるい!みほもだっこ!」
気付いたら、砂場で遊んでいた子供達が自分達の側にいたりした。
「しゃーねーな。ほら、美保!」
「わーい!!」
娘に甘い夫は早速抱き上げている。
きゃっきゃと歓声をあげる妹を羨ましそうに、じっと見ている息子の姿が目に入った。
才気活発な娘に比べ、頭は良いが内気な息子は、自分も抱っこして欲しいとは言い出せないのだろう。
こちらに少し縋るような目を向けてくるが、さすがにこのお腹で抱っこしたら危険である。
「蒼。」そう言って手を繋いで、にこりと微笑むと、息子は嬉しそうに笑った。
(ねえ、新一。私、こんなに幸せなのよ。)
みんな、みんな新一、貴方がいるからこそー。
(愛、安心して産まれておいで。)
まだ見ぬ愛しい我が子。
貴女には、私が受けられなかった両親の愛を溢れるほど、注ぐでしょう。
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後書 初の新一視点→蘭視点→志保視点 でございます。
真珠のように柔らかく輝く志保さんと二人の娘の”愛”の名前の由来(一人だけ当てられた方がいました!鋭い!!感嘆)
新志のらぶらぶと子供達を書けて満足です(●^o^●)
皆様にもお楽しみ頂けたら、幸いです。
次話の蘭視点で本当のファイナルでございます!