一滴の水 最終章⑥
蘭は待ち合わせ場所に戻り始めた。
初恋の人に”ごめんなさい””ありがとう”そして”好き”と言えた事で心が軽く足取りも軽やかだった。
何より彼は”ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう”と礼まで言ってくれた。
(こっちこそ、ありがとう。新一。・・さようなら、私の初恋の男性(ひと)。)
待ち合わせ場所に戻ったのを見計らったかのように、彼氏からの電話があった。
「悪い、悪い。今ちょっと立て込んでてさ~今から出るから後30分待ってて!」
背後で、かすかに有名な某アニメの曲とじゃらじゃらと音がする。
(きっとまたパチンコ店だね。前怒ったから、聞こえないと思って休憩スペースから掛けてきてるんだ。)
メッキのようにすぐ剥がれる嘘を聞いた途端、ふっと蘭の恋心が醒めた。
(私、この人の何処が好きだったんだろう。)
”ダメンズにしてるの蘭じゃない?”
”顔はイイけど、中身がいまいちな男性ばっか選ぶよね~。”
”甘やかすのと優しいのは一見似てるけど、違うからね。”
友人らの忠告・感想が脳裏をよぎる。
何処か新一に似た顔立ちの彼だが、中身は雲泥の差だ。
(”ずっと同じ男性に恋してる”か)蘭は溜息をついた。
「ううん。もう待たない。言ったわよね?今度遅刻したら別れるって。」
「またまた~何怒ってるんだよ。悪かったって。機嫌直せよ、な?」
遅刻したら別れるは、蘭の常套文句な為、彼は全然本気にしていない。だが今日こそは蘭は本気だった。
(これが先輩の言ってた”醒めた”か。)
彼女は大学時代の先輩の事を思い出していた。
大学2年の時、空手部の1年上の先輩から告白されて付き合い始めた男性で、新一の次に真面目に好きになった人だった。
空手に対する真摯な態度は京極を、歳上故の頼り甲斐は、忘れえぬ初恋の人を彷彿させる、真面目な恋人。
蘭と同じく空手のスポーツ特待生であった。
破局した原因は、彼が一足先に社会人になった事によるすれ違いと蘭の空手暴走の癖だった。
付き合い始めに、じゃれつくつもりで空手を仕掛けた彼女は、先輩にそれはいけない事だと懇々と説教をされた。
その時は彼女の両親が夫婦喧嘩で常に柔道を使用していた事、凶悪事件に巻き込まれる事が多かった事、今まで誰からも注意された事がなかった事を知り、許してくれた。
しかし交際して1年強経った頃、彼が会社に勤め始めると、今までのようにずっと一緒には、いられなくなった。
淋しがりやな蘭はそれに不満を持ち、彼は彼で新社会人として、気を張る毎日を送っており、そんな彼女に合わせるほど余裕はなく、徐々に喧嘩が多くなっていった。
そしてある日、蘭の空手の悪癖が再び出てしまったのだ。
”怒ってはいない。でも、蘭の事もうそういう風に思えない。気持ちが醒めた。”
そう言って彼女は振られてしまった。
あの時は懸命に謝った。その事に関しては怒っていないという先輩は、しかし”別れよう”という主張を翻す事はなかった。
当時蘭は謝って許してくれたのだから、付き合いも今まで通りだと思っていたから納得できずに何度も食い下がった。
”怒ってないって言ったじゃないっ。だったら今まで通りでしょうっ?”
”蘭、それは違う。元通りにはならない。”
謝罪を受け入れる事と交際を続ける事は別問題だが、当時の彼女はそれが理解出来なかった。
きっかけとなった出来事が同じな事もあり、蘭はどうしても頷けなかった。
何度も先輩の自宅へ行ったが、迷惑そうに断られ、これで最後と賭けた誕生日にサプライズしようと思って行ったアパートがもぬけの空という最悪な形で蘭の2度目の恋は終わりを告げたのだった。
後で空手部の後輩の噂で、新入社員の研修期間が終わって九州へ配属されたと聞いた。
それ以来、蘭の空手暴走は鳴りを潜めている。
(あの時の”醒めた”って意味分からなかった。酷いって思った。でも、これがそういう事なんだ。)
遅刻に対する怒りはさほどない、でも、彼氏に対してもう気持ちが動かない。
「さようなら。」静かに別れを告げた。
慌てる彼氏の声がするが、構わず電話を遮断した。
まるで11年前のあのクリスマスイブのよう。
あの時は淋しくて拗ねていただけで本気じゃなかった。新一に来て欲しいが故の言葉だった。でも今回は本気だ。
(何だか憑き物が落ちたみたい。)
携帯が再び鳴るが電源を落とす。
「新しい携帯にしようっと!」
何せ11年前から替えていないので、かなり型が古く不具合も度々あるのだ。
携帯ショップ店員には珍しがられた事もあるくらいだ。
彼に贈られた携帯。いくらデザインがお気に入りでもそろそろ替え時だろう。
(ううん、違うね。この携帯だけでも新一に愛された過去に繋がっていたかった。)
「新しい携帯に変えたら皆に通知・・ああ、園子に久しぶりに電話しよう。」
園子とは大学に進学した時から疎遠になっていた。
蘭がスポーツ特待生で進学した為、多忙な日々を送っていた事が主な要因だった。
だがそれだけではなく、新一と上手くいかなかったイブのデートの遠因を園子が作った事
最悪な幕切れとなった挙式を眼の当たりにした蘭自身が親友と気まずくなり、顔を合わせずらくなったというのが大きい。
でも今は、逆にあの頃のように無性に園子と話したい気分だ。
(携帯を替えて連絡しなければ・・これで多分彼は追って来ない。)
彼は彼女の自宅も母の弁護士事務所も知らない。いつだって彼のアパートに蘭が行っていた。
蘭の勤めるブランドショップ名は知っているが、店舗は知らない。
この東都内にいくつもあり、しかもシフト制の勤務体制。
本気で探すなら出来なくはないが、蘭には彼が其処までするとは思えなかった。
覚めた目で今までの付き合いを考えると、家政婦兼金蔓としか見られていなかった気がしてならなかった。
(万が一追い掛けて来たら・・そうなったら、その時考えよう。)
(優花さんにも報告とお礼に行こう。ああ・・それから、それから・・・!!)
泉のようにやりたい事や感情が湧き出して来る。
(そうだ。私は本来こういう感情豊かな性格だった。・・・なのにどうして・・愛されたくて、我慢していたのかな。)
「新一よりイイ男見つけてやるんだから。」
そう呟きながらも蘭は新一程の男はそういないと分かっていた。
父譲りの明晰な頭脳、伝説的女優である母譲りの端麗な容姿、若くして築いた組織殲滅という功績と名誉、小説家という地位と収入、プロレベルなサッカーの腕前。
三拍子どころか、四、五拍子揃ったパーフェクト・ガイ。それが世間一般の評価でいう、工藤新一という男だ。
並みの男では、どれか一点だけでも競うのは難しいだろう。
だからこれは蘭の最後の強がりだった。
「罪な男(ヤツ)。」
(新一のせいで、男見る目すごいシビアになっちゃったよ。でも・・・)
「でも新一より私に合う人はきっと居るわ。」新一より良い男は難しいかもしれない。でも蘭に合うという点なら必ず居るはず。
「そしたらもう、待たないんだ。一緒に歩いて行くわ。」
そして蘭は新しい一歩を踏み出した。
少女は大人になった。
もう待っていなくていい。それが嬉しい。
私は自分で歩いていける。幸せを、人生を一緒に歩ける人を探そう。
そう思えた時、母に置いていかれ泣いていた幼い少女が初めて笑ったのを感じた。
***************************************************
後書 遂に完結でございます。
長らくのご愛読、誠に、ありがとうございました。(●^o^●)
この先の蘭ちゃんの未来は皆様のご想像にお任せします。
私の中では自営業(レストランとかペンション)で優しい男性と一緒にくるくる働く彼女が眼に浮かびます。
私は仕事とプライベートは分けたい派ですが、彼女は真逆なのでこういう男性の方が合うと思います。
ただ初恋にケリをつけ、待たずに一緒に歩いていけるようになった彼女には相応の幸せが待っている☆
とは言え、それはあくまで私の想像。皆様各々の想像でお楽しみ下さいませWW
初恋の人に”ごめんなさい””ありがとう”そして”好き”と言えた事で心が軽く足取りも軽やかだった。
何より彼は”ずっと待っていてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう”と礼まで言ってくれた。
(こっちこそ、ありがとう。新一。・・さようなら、私の初恋の男性(ひと)。)
待ち合わせ場所に戻ったのを見計らったかのように、彼氏からの電話があった。
「悪い、悪い。今ちょっと立て込んでてさ~今から出るから後30分待ってて!」
背後で、かすかに有名な某アニメの曲とじゃらじゃらと音がする。
(きっとまたパチンコ店だね。前怒ったから、聞こえないと思って休憩スペースから掛けてきてるんだ。)
メッキのようにすぐ剥がれる嘘を聞いた途端、ふっと蘭の恋心が醒めた。
(私、この人の何処が好きだったんだろう。)
”ダメンズにしてるの蘭じゃない?”
”顔はイイけど、中身がいまいちな男性ばっか選ぶよね~。”
”甘やかすのと優しいのは一見似てるけど、違うからね。”
友人らの忠告・感想が脳裏をよぎる。
何処か新一に似た顔立ちの彼だが、中身は雲泥の差だ。
(”ずっと同じ男性に恋してる”か)蘭は溜息をついた。
「ううん。もう待たない。言ったわよね?今度遅刻したら別れるって。」
「またまた~何怒ってるんだよ。悪かったって。機嫌直せよ、な?」
遅刻したら別れるは、蘭の常套文句な為、彼は全然本気にしていない。だが今日こそは蘭は本気だった。
(これが先輩の言ってた”醒めた”か。)
彼女は大学時代の先輩の事を思い出していた。
大学2年の時、空手部の1年上の先輩から告白されて付き合い始めた男性で、新一の次に真面目に好きになった人だった。
空手に対する真摯な態度は京極を、歳上故の頼り甲斐は、忘れえぬ初恋の人を彷彿させる、真面目な恋人。
蘭と同じく空手のスポーツ特待生であった。
破局した原因は、彼が一足先に社会人になった事によるすれ違いと蘭の空手暴走の癖だった。
付き合い始めに、じゃれつくつもりで空手を仕掛けた彼女は、先輩にそれはいけない事だと懇々と説教をされた。
その時は彼女の両親が夫婦喧嘩で常に柔道を使用していた事、凶悪事件に巻き込まれる事が多かった事、今まで誰からも注意された事がなかった事を知り、許してくれた。
しかし交際して1年強経った頃、彼が会社に勤め始めると、今までのようにずっと一緒には、いられなくなった。
淋しがりやな蘭はそれに不満を持ち、彼は彼で新社会人として、気を張る毎日を送っており、そんな彼女に合わせるほど余裕はなく、徐々に喧嘩が多くなっていった。
そしてある日、蘭の空手の悪癖が再び出てしまったのだ。
”怒ってはいない。でも、蘭の事もうそういう風に思えない。気持ちが醒めた。”
そう言って彼女は振られてしまった。
あの時は懸命に謝った。その事に関しては怒っていないという先輩は、しかし”別れよう”という主張を翻す事はなかった。
当時蘭は謝って許してくれたのだから、付き合いも今まで通りだと思っていたから納得できずに何度も食い下がった。
”怒ってないって言ったじゃないっ。だったら今まで通りでしょうっ?”
”蘭、それは違う。元通りにはならない。”
謝罪を受け入れる事と交際を続ける事は別問題だが、当時の彼女はそれが理解出来なかった。
きっかけとなった出来事が同じな事もあり、蘭はどうしても頷けなかった。
何度も先輩の自宅へ行ったが、迷惑そうに断られ、これで最後と賭けた誕生日にサプライズしようと思って行ったアパートがもぬけの空という最悪な形で蘭の2度目の恋は終わりを告げたのだった。
後で空手部の後輩の噂で、新入社員の研修期間が終わって九州へ配属されたと聞いた。
それ以来、蘭の空手暴走は鳴りを潜めている。
(あの時の”醒めた”って意味分からなかった。酷いって思った。でも、これがそういう事なんだ。)
遅刻に対する怒りはさほどない、でも、彼氏に対してもう気持ちが動かない。
「さようなら。」静かに別れを告げた。
慌てる彼氏の声がするが、構わず電話を遮断した。
まるで11年前のあのクリスマスイブのよう。
あの時は淋しくて拗ねていただけで本気じゃなかった。新一に来て欲しいが故の言葉だった。でも今回は本気だ。
(何だか憑き物が落ちたみたい。)
携帯が再び鳴るが電源を落とす。
「新しい携帯にしようっと!」
何せ11年前から替えていないので、かなり型が古く不具合も度々あるのだ。
携帯ショップ店員には珍しがられた事もあるくらいだ。
彼に贈られた携帯。いくらデザインがお気に入りでもそろそろ替え時だろう。
(ううん、違うね。この携帯だけでも新一に愛された過去に繋がっていたかった。)
「新しい携帯に変えたら皆に通知・・ああ、園子に久しぶりに電話しよう。」
園子とは大学に進学した時から疎遠になっていた。
蘭がスポーツ特待生で進学した為、多忙な日々を送っていた事が主な要因だった。
だがそれだけではなく、新一と上手くいかなかったイブのデートの遠因を園子が作った事
最悪な幕切れとなった挙式を眼の当たりにした蘭自身が親友と気まずくなり、顔を合わせずらくなったというのが大きい。
でも今は、逆にあの頃のように無性に園子と話したい気分だ。
(携帯を替えて連絡しなければ・・これで多分彼は追って来ない。)
彼は彼女の自宅も母の弁護士事務所も知らない。いつだって彼のアパートに蘭が行っていた。
蘭の勤めるブランドショップ名は知っているが、店舗は知らない。
この東都内にいくつもあり、しかもシフト制の勤務体制。
本気で探すなら出来なくはないが、蘭には彼が其処までするとは思えなかった。
覚めた目で今までの付き合いを考えると、家政婦兼金蔓としか見られていなかった気がしてならなかった。
(万が一追い掛けて来たら・・そうなったら、その時考えよう。)
(優花さんにも報告とお礼に行こう。ああ・・それから、それから・・・!!)
泉のようにやりたい事や感情が湧き出して来る。
(そうだ。私は本来こういう感情豊かな性格だった。・・・なのにどうして・・愛されたくて、我慢していたのかな。)
「新一よりイイ男見つけてやるんだから。」
そう呟きながらも蘭は新一程の男はそういないと分かっていた。
父譲りの明晰な頭脳、伝説的女優である母譲りの端麗な容姿、若くして築いた組織殲滅という功績と名誉、小説家という地位と収入、プロレベルなサッカーの腕前。
三拍子どころか、四、五拍子揃ったパーフェクト・ガイ。それが世間一般の評価でいう、工藤新一という男だ。
並みの男では、どれか一点だけでも競うのは難しいだろう。
だからこれは蘭の最後の強がりだった。
「罪な男(ヤツ)。」
(新一のせいで、男見る目すごいシビアになっちゃったよ。でも・・・)
「でも新一より私に合う人はきっと居るわ。」新一より良い男は難しいかもしれない。でも蘭に合うという点なら必ず居るはず。
「そしたらもう、待たないんだ。一緒に歩いて行くわ。」
そして蘭は新しい一歩を踏み出した。
少女は大人になった。
もう待っていなくていい。それが嬉しい。
私は自分で歩いていける。幸せを、人生を一緒に歩ける人を探そう。
そう思えた時、母に置いていかれ泣いていた幼い少女が初めて笑ったのを感じた。
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後書 遂に完結でございます。
長らくのご愛読、誠に、ありがとうございました。(●^o^●)
この先の蘭ちゃんの未来は皆様のご想像にお任せします。
私の中では自営業(レストランとかペンション)で優しい男性と一緒にくるくる働く彼女が眼に浮かびます。
私は仕事とプライベートは分けたい派ですが、彼女は真逆なのでこういう男性の方が合うと思います。
ただ初恋にケリをつけ、待たずに一緒に歩いていけるようになった彼女には相応の幸せが待っている☆
とは言え、それはあくまで私の想像。皆様各々の想像でお楽しみ下さいませWW